ノンテクニカルサマリー

少人数学級はいじめ・暴力・不登校を減らすのか

執筆者 中室 牧子 (慶応義塾大学)
研究プロジェクト 医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析」プロジェクト

2014年秋、財務省の財政制度審議会で問題提起が行われて以降、少人数学級の効果についてさまざまな議論が行われている。2011年度から実施されている公立小学校1年生の少人数学級(1クラスあたりの生徒数を35人以下とする)には約86億円が支出されているが、財政制度審議会で示された資料によると、少人数学級が実施されたにもかかわらず、いじめ・暴力・不登校などの生徒指導上の問題には大きな変化が見られないという(図表1)。ただし、この表では、学級規模といじめ・暴力・不登校の相関関係がある可能性を窺わせるものの、因果関係があるかどうかまでは不明であり、因果関係があるかどうかが政策形成には特に重要であることは言うまでもない。

学級規模と「学力」の因果関係を明らかにした研究はそれなりに存在しており、科目によっては学級規模が学力に与える因果効果があることを報告している研究もあるが、総じて見れば学級規模が学力に与える効果は大きくないという見方が増えてきている。一方、少人数学級がいじめ・暴力・不登校に与える因果効果についての検証は十分に行われているとはいいがたい。学力について分析した過去の研究は、学年の在籍者数が40人を1人でも越えると、生徒を20人と21人の学級に2つにわけるという学級編成の非連続性(これを「マイモニデスの法則」などということもある)に注目して、1人の転校生がやってくることによって学級サイズが小さくなるという偶然の状況を利用して、学級規模が学力に与える因果効果を明らかにしようとしたのである。本稿では、この方法を用いて、学級規模がいじめ・暴力・不登校に与える因果効果を推定することを試みた。データは関東近郊の匿名の自治体に提供された学校レベルのデータを用いる。

結果をまとめた図表2をみると、学級規模を縮小させれば、小学校の不登校を減少させる因果効果があることが示された。また、非常勤加配教員の配置も、不登校数の減少に大きく貢献している可能性も示されている。この意味では、現在、不登校生徒数の多い学校や学級に、教員や非常勤加配教員を多く配置するのは有効である。一方で、いじめや暴力の不登校への影響については、小中学校とも統計的に有意な因果効果は確認できず、中学校では非常勤加配教員の配置も同様であった。すなわち、いじめ、暴力、不登校と一括りにされがちな問題ではあるが、それらを解決するための方法は同じではなく、いじめや暴力、あるいは中学校に入学した後に生じた問題を、単純に教員の数を増加させることで解決しようとするのは困難であり、スクールカウンセラーや臨床心理士など、いじめ・暴力・不登校などの問題の解決に適した専門家を配置するなど他の政策オプションと比較する必要がある。

こうしたことを踏まえ、下記のような点について更なる議論が行われることを期待する。第1に、「教員数を増加させる」こと以外の政策オプションの検討である。たとえば、平成27年度秋に開催された⾏政事業レビュー(第1⽇⽬「⼦どもの学⼒」に関する事業で「義務教育費国庫負担⾦に必要な経費」)において、⽂部科学省の⾏政事業レビューシートを⾒ると、この事業の成果⽬標は「⼩学校(または中学校)、特別⽀援学校の⼩学部(または中学部)における教員1⼈当たり児童⽣徒数がOECD平均を下回る数」とあるなど、過去、教育行政は子どもの教育成果ではなく、教員数を増加させることを成果目標にしてきているが、「教員数を増加させる」という成果目標が妥当かどうかは今一度確認する必要がある。本稿の結論に従って言えば、教員数の増加や加配は小学校の不登校の改善には効果がある可能性があるものの、小中学校のいじめ・暴⼒や中学校の不登校では目立った効果が見られていない。スクールカウンセラーや臨床⼼理⼠など、いじめ・暴⼒・不登校などの問題の解決に適した専⾨家を配置することとの費用対効果を比較してみることが必要ではないか。第2に、海外では、教員の「量」と「質」はトレード・オフの関係にあるという有⼒な研究が存在しており、現在の「教員の数を増加させる」ことに重点をおいた政策が、教員の質を低下させる恐れがないかどうかを検証する必要がある。最後に自治体のデータ利用がもたらす可能性である。今回の研究では、自治体によって開示された学校単位のデータを用いた分析を行っており、こうしたデータは「科学的根拠に基づく政策」を実現していく上で、極めて重要である。今後はこのように自治体内部の行政データをどのように研究に利用していくかということについての制度化について議論していく必要があると思われる。

図表1:財政制度審議会の問題提起
図表1:財政制度審議会の問題提起
(出所)平成26年10月27日(月)財務省主計局 文教・科学技術関係資料
図表2:結果のまとめ
①学級規模の効果
いじめ 暴力 不登校
小学校
中学校
②学級規模×就学援助ダミー
いじめ 暴力 不登校
小学校
中学校
(注)1. いじめ・暴力・不登校は図表8, 9のModel 6を元に作成。学力は図表IVの推定結果を元にしている。
2. △プラスで統計的に有意、▼マイナスで統計的に有意、-統計的に有意ではないことをあらわす。