ノンテクニカルサマリー

地域間サービス価格差と生産性格差

執筆者 徳井 丞次 (ファカルティフェロー)/水田 岳志 (一橋大学経済研究所)
研究プロジェクト 地域別・産業別データベースの拡充と分析 -地方創生のための基礎データ整備-
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「地域別・産業別データベースの拡充と分析 -地方創生のための基礎データ整備-」プロジェクト

サービス価格の地域格差は何を意味するのか?

われわれの研究プロジェクトでは、47都道府県別に23産業分類について生産要素投入と付加価値産出をできるだけ正確に捉え生産性格差を計測できる都道府県別産業生産性(R-JIP)データベースを公表しているところ、幸いにも多くの方から関心を持っていただき、「平成27年度版経済財政白書」「平成27年度版労働経済白書」などでも活用いただいている。ところで、生産性データベースを地域別にブレイクダウンしようとすると、利用可能なデータ上の制約に加えて、幾つかの地域別データ特有の困難に直面する。今回の研究で取り上げたサービス価格の地域間格差の問題もその1つである。

R-JIPデータベースでは当初より、労働投入面の地域特性を、労働属性の構成と労働コストの面から考慮してきた。産出側を計測する際の付加価値の実質化には、産業別に全国共通のデフレーターを使用してきたが、サービス産業では「消費と生産の同時性」があるものが多く、地域間の価格裁定が起こりにくいと考えられる一方で、労働集約的であることから地域別の労働コストを反映しやすいものと予想される。そこで、国際経済学で提案された絶対的購買力平価推計の手法を使って、地域間のサービス価格差を計測し、それを使って生産性分析を再計算したのが今回の研究である。

地域間サービス価格差を反映した新たな地域間生産性格差分析の結果については、論文の方を見ていただくことにして、ここではその副産物として作られた地域間価格差指数の特徴について注目してみたい。図は、横軸に労働生産性、縦軸に地域間価格差指数をとって、1990年時点の47都道府県のデータをプロットしたものである。R-JIPデータベースでは、生産活動を労働者の就業地ベースで捉えているため、横軸は「労働生産性」と呼ぶのがより正確だが、「1人当たり所得」と言い換えてもらっても差し支えない。また、地域間価格差指数は、地域間のサービス価格差を反映している。図からは、両者のデータの間に正の相関があり、1人当たり所得の高い都道府県ほど、サービス価格が割高であるようにみえる。実際両者の相関係数を計算すると0.61で1%有意で相関が確認される。また、1970年以降10年おきに同じグラフを描いても、ほぼ同様な傾向をみることができる。

こうした「豊かな地域では非貿易財であるサービス価格がより高価である」という傾向は、国際間でもよく知られた事実であり、国際経済学では「バラッサ・サミュエルソン効果」として知られている。図に示された関係は、日本の都道府県間でも、世界の先進国と発展途上国の間で観察されるものと類似の関係が見つかったと言ってよいのであろうか。なるほど観察された現象としては類似の関係ではあるが、この現象が起こる背景は異なっているようである。

バラッサ・サミュエルソン効果の理論的説明は、先進国と発展途上国の間で貿易財部門の労働生産性に大きな格差があることを前提にしている。貿易財部門では国際的な一物一価が成り立ち、先進国では貿易財部門の高い労働生産性に引っ張られて賃金が上昇する。その一方でサービス産業のような非貿易財部門では、先進国と発展途上国との間にさほど大きな労働生産性格差は存在しないため、先進国では高賃金を反映してサービス価格が割高になる。このように貿易財部門と非貿易財部門の生産性格差に注目したサプライサイドの議論である。

日本国内でも、1人当たり所得が相対的に高い地域と低い地域との間に、製造業(貿易財部門)では大きな生産性格差が、サービス業(非貿易財部門)では小さな生産性格差が存在するのかというと、少なくとも近年、事実はその逆と言ってもよい。製造業での地域間生産性格差はだんだん小さくなってきた。その一方で、むしろサービス業の地域間生産性格差が相対的に重要になってきている。つまり、バラッサ・サミュエルソンのような、労働の同質性と部門間完全移動を前提にしたサプライサイドの議論だけでは、図に示されたような日本国内の地域間サービス価格差の現象は十分に説明できないということだ。

それでは、代替的な説明としてどのようなことが考えられるであろうか。そこで思い出したのが、エンリコ・モレッティ著『年収は「住むところ」で決まる』という本である。この刺激的な書名は、残念ながら原著のものではなく翻訳者が付けたものだが、著者の重要なメッセージの1つを伝えるものである。その議論によれば、地域に高い生産性とダイナミックな成長を実現したイノベーション産業が存在すれば、そうした地域のサービス分野で働くさまざまな人々の雇用と賃金も引き上げられるというものだ。イノベーション産業が製造業のなかから生まれるのか非製造業から生まれるのかはともかくとして、イノベーション産業で働く人達からの需要の波及によって、その隣人であるサービス産業も恩恵を受けるというストーリーである。日本の地域間で観察されるサービス産業の生産性格差には、少なくともこうした効果が働いていることが、サービス価格の地域差を観察することによって分かってきた。

図:地域間価格差と労働生産性格差の相関:1990年
図:地域間価格差と労働生産性格差の相関:1990年
(注)図の縦軸データは、地域間価格差を反映する前の相対TFPと反映後のものとの差(RTFP-RTFP#)であるが、これはトランクヴィスト指数式の地域間価格差指数になっている。この関係の導出については論文を参照されたい。