ノンテクニカルサマリー

東日本大震災に伴う医療費一部負担金の免除施策が被災地の医療サービス利用にあたえた影響:自然実験

執筆者 松山 祐輔 (東北大学)/坪谷 透 (東北大学)/谷上 和也 (慶應義塾大学)/大南 貴裕 (慶應義塾大学)/田曽 忠輝 (慶應義塾大学)/村松 我矩 (慶應義塾大学)/別所 俊一郎 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析」プロジェクト

1.はじめに

2011年3月11日に東日本大震災が発生し、被害などの条件を満たす被災者に対して医療費の自己負担の特例的な免除措置が導入された。この免除施策は、宮城県では2013年4月から2014年3月の間一時的に中断され、2014年4月から対象者を限定して再開された。一方、隣接する岩手県・福島県では、このような中断はなされなかった。この施策により、住民の医療サービス利用が影響をうけた可能性がある。このような事例は貴重であり、分析により災害後の医療施策のありかたについて重要な示唆が得られる。

2.分析

本稿では以下の2つの分析を行った。

分析1)東日本大震災前後の医療利用の経時的分析:レセプトデータを用いた47都道府県別分析
目的:被災地の震災前後の医療サービス利用の推移および宮城県の施策が医療サービス利用に与えた影響を明らかにすること

分析2)自己負担免除政策の中断と医療サービス利用の分析
目的:宮城県内の全ての市町村(N=35)のデータを使用し、2013年4月からの免除中断後において、免除対象者の割合と医療サービス利用の関連を明らかにすること

3.主な結果

本稿では以下の2つの分析を行った。

分析1)東日本大震災前後の医療利用の経時的分析:レセプトデータを用いた47都道府県別分析
宮城県では、他県と比べると、震災直後に医療サービス利用が減少し、その後まもなくして増加に転じた。自己負担免除措置の中断直前に、医療サービス利用の急激な上昇を認めた。この宮城で観察された自己負担免除中止直前の急激な上昇は、特に、元々自己負担割合の高い国民健康保険の医科入院外・歯科で大きかった(図1)。

図1:他県と比べた宮城県の一人あたり医療費の推移
図1:他県と比べた宮城県の一人あたり医療費の推移
[ 図を拡大 ]

分析2)自己負担免除政策の中断と医療サービス利用の分析
免除対象者割合と中断後の医療サービス利用の間に、統計的に有意な負の関連がみられた。すなわち、2012年の免除対象者の割合が大きかった市町村では、中断後の2013年の医療サービス利用が減少していた。自己負担割合で層別化分析を行うと、自己負担3割のグループ(前期高齢者および70歳以上の現役並み所得の高齢者)において、免除対象者割合が大きい市町村では免除中断後に医療サービス利用の減少が大きいという関連がみられた。一方、自己負担1割または2割のグループ(未就学児や70歳以上の一般的な所得の高齢者)では、そのような関連はみられなかった(表1)。

表1:免除対象者の割合と免除中断による医療サービス利用の変化(2013年医療費-2012年医療費)の関連
被保険者の特性 免除の指標 1人当たり件数 1人あたり医療費
全体 減免世帯比率 -0.153 *** -0.113 ***
全半壊比率 -0.154 *** -0.083 **
前期高齢者
(自己負担2〜3割)
減免世帯比率 -0.107 *** -0.067
全半壊比率 -0.118 *** -0.055
70歳以上一般分
(自己負担2割)
減免世帯比率 -0.029 0.001
全半壊比率 -0.042 * -0.051
70歳以上現役並み所得
(自己負担3割)
減免世帯比率 -0.812 *** -0.887
全半壊比率 -0.873 *** -1.025 **
未就学児(自己負担0〜2割) 減免世帯比率 -0.164 * 0.353
全半壊比率 -0.060 0.43
*: P<0.1, **: P<0.05, ***: P<0.01
正の係数は、免除中断後医療サービス利用が増加したことを示す。
負の係数は、免除中断後医療サービス利用が減少したことを示す。

4.まとめ

本研究結果より、医療費の自己負担免除施策は、被災者の医療アクセス確保に寄与したと考えられる。自己負担免除政策は、被災者、特に自己負担割合が大きな被保険者の被災者において、医療利用の障壁をなくすことに寄与した政策であったと考える。震災による生活再建と疾患発生という二重の負担を強いられる被災者にとって、このような施策は一定の恩恵をもたらしたと考えられる。宮城県でのみ行われた免除施策の中断前後において、中断前に比べて中断後では、医療サービス利用の減少がみられたことは、自己負担免除施策の医療アクセス改善効果があったことを支持するものである。

期間に関しては、本政策の中断による医療サービス利用低下の健康被害を指摘する声もあるが、中断後の医療利用の水準は震災前と同程度であり、また、宮城県の死亡率の推移でみた場合には明らかな負の影響は確認されなかったことなど今回のようなマクロ的な分析では、2年という期間が一定の合理性があるように思われる。しかしながら、震災による影響・被害の程度は個々人で大きく異なるため、今後、個人レベルのミクロデータを用い、どのような状況の被災者が、どの程度の期間、継続して経済的な支援を受けるべきかについて検討がなされるべきであろう。