ノンテクニカルサマリー

保育の「質」は子どもの発達に影響するのか―小規模保育園と中規模保育園の比較から―

執筆者 藤澤 啓子 (慶應義塾大学)/中室 牧子 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析」プロジェクト

英米を中心とした海外における長期追跡研究プロジェクトにより、幼少期に良質な保育を受けた子どもが、認知能力や言語能力だけではなく、自己制御能力などを含む社会情動的スキル(近年では、「非認知能力」と呼ばれることも多い)に優れ、身体的・精神的にも健康に育つことが示されている。さらに、良質な保育が子ども達に良好な発達をもたらし、子ども達が適応的な社会生活を営む大人になっていくことによって、治安維持や福祉に関する費用のコストの低下や税収の増加など、社会全体が受け取る利益は、質の高い保育を提供するコストを大きく上回ることも示されている(Heckman, 2013に要約されている)。しかし、日本では海外で実施されたような、長期的かつ大規模な縦断研究による報告はなく、日本においても同様のことがいえるのか、実証されているわけではない(注1)。

認可保育所に入る必要があるにも関わらず入所することのできない、待機児童の問題への対応の一環として、小規模保育という形態が主に都市部において採用されてきた。2015年に「子ども・子育て支援制度」の施行が始まり、「地域型保育事業」の1つとして小規模保育所が認可事業となったことを契機に、小規模保育所の保育の質に関する実証的な調査がされないまま、小規模保育事業の認可件数が急増している。小規模保育所は、特に都市部においては、専用の園庭やホールをもたず、マンションなどの住宅を保育の場として使用することが多く、従来型の保育所と同等の運動や遊び、生活の場が確保できていないのではないかとする懸念や、保育従事者に対する保育士資格取得者の比率に関する規制が緩められていることから生じる、保育者の資質に関する不安など、小規模保育所における保育の質の低下が心配されている。

そこで本研究では、小規模保育園および中規模保育園の保育環境を定量的に評価し、保育の質に関わる諸要因(保育環境、担当保育士の学歴および保育士歴、園規模、子ども対保育士比)と1歳児クラス在籍児の発育状況との関連を検討した。保育の質研究において国際的に広く利用される保育環境評価スケール(Infant and Toddler Environment Rating Scale-Revised; ITERS-R, Harms, Cryer, & Clifford, 2003, 埋橋玲子訳, 2009)を用い、保育園に実地調査として入り、小規模保育園および中規模保育園の1歳児クラスにおける保育環境を評価し比較した。その結果、全般的には小規模保育園の方が中規模保育園よりも保育環境の質が良好であることが示された。また、保育環境の良さと担当保育士の保育士歴の長さは、1歳児学年末における子どもの発育状況に有意な正の関連をすることが示された。保育園の規模や子ども対保育士比、担当保育士の保育士資格取得に至る教育歴は、子どもの発育状況と有意な関連は認められなかった。

本研究の協力園に公立園や無認可園が含まれていないなど、サンプルの特性や対象児の年齢(1歳児)について考慮する必要があるが、園の規模(小規模園か中規模園)ではなく、子ども達が保育の中で生活し遊びや学びを経験する環境がどのように整備・保障されているかという保育環境の質が子どもの発育状況の良さと関連していた。このことは、土地取得の難しい都市部において保育所を開所していくうえで、示唆的である。また、本研究の結果、担当保育士の資格取得に至る学歴よりも、経験年数の方が子どもの発育状況の良さに関連していることが示唆された。このことから、高い専門性が求められ、重大な責任を担って業務に従事する保育士が、健康的に長く業務ができるような労働条件や労働環境の整備に対する投資が重要であると考えられた。

本研究の結果は、「良質な保育が子どもの適応的な発達と関連する」という海外の研究成果と一致するものである。今後は、自治体レベルで長期に縦断的調査研究を行うなど、代表性の高いサンプルで保育の質やその長期的な影響を評価、検証していく必要がある。

図
脚注
  1. ^ そもそも日本では、保育の「質」に関する議論が定まっておらず、立場を異にすると、問われる保育の「質」が異なるため、「良質な保育」が何を意味するのかをまず明確にしておく必要がある。本研究では、世界的な研究動向と方向性を同じく、保育を「公共的な性格を持つもの」として、子どもの生活・発達の権利保障がなされていることをもって、良質な保育と考えている。保育の質をめぐる、もう1つの立場としては、保育を「私事」ととらえ、親の需要に応えるサービスの一環としてとらえる立場がある。この立場では、親のニーズを満たすことが保育の「質」の高低を意味し、親による自由選択や保育所間の自由競争により保育の「質」を維持できると考えられている(秋田ら, 2007, 大宮2006)。