ノンテクニカルサマリー

地方法人税の分割基準が住民の厚生に与える影響の研究

執筆者 三善 由幸 (コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間」プロジェクト

1.地方における法人課税と企業誘致、雇用促進

経済活動の都市部への集積が世界的に加速する中、特に地域の雇用確保の観点から、政策介入によって企業の誘致や引き留めを試みる取り組みが活発になっている。日本では、地方創生の実現に向け、地方での本社機能の移転・拡充を促進するため、2015年度に地方拠点強化税制が創設された。また、アメリカでは、トランプ大統領が当選直後に製造業の生産拠点の海外移転を阻止したことが話題となった。さらに、最近では、ネット通販大手のアマゾンの第2本社をめぐり、アメリカの200以上の都市が誘致合戦を繰り広げている。

このような企業の誘致・引き留めに向けて、もっともポピュラーな政策手段の1つが地方法人税の減免である。地方法人税の減免は、企業を引きつけることによって、地域の雇用を改善する効果がある一方で、通常は地方歳入の減収をもたらす。そのため、地方政府は、公共サービスの供給量を減らすか、所得税や消費税などの別の財源を確保しなければならない。したがって、企業の立地促進を目的とした税制を評価するためには、変更後の財政政策全体が地域住民の厚生にどのような変化をもたらすのかを分析する必要がある。

本稿では、企業誘致・雇用促進のための具体的施策として、アメリカにおいて近年よく用いられている地方法人税の定式配賦算定式の変更を取り上げる。本稿の定量モデルにより、雇用を促進するための税制改正は、地域における物価水準の上昇、実質購買力の低下を引き起こし、必ずしも住民の厚生の向上に結びつかないことを理論的に示すことができた。この結論は、定式配賦算定式の変更という特定の政策オプションにとどまらず、雇用(所得)、消費、資産などに対する課税をどのように組み合わせるべきかという、より広い政策課題に対して、示唆を与えるものであると考えられる。

2.法人課税の定式配賦(formula apportionment)と近年の政策動向

定式配賦アプローチとは、ある企業の事業活動の度合を表す要素(人件費、資産額、売上額など)が各国にどの程度存在しているかを変数とする計算式に基づいて、その企業の総利益のうち各国に課税ベースとして配分する額を決定する課税ルールである。これは、現在、国際法人課税で一般的に用いられている移転価格制度を基礎とする分離会計方式とは大きく異なるものである。

定式配賦方式による法人課税は、国際課税では一般的ではないが、日本、アメリカ、カナダなどにおける地方法人課税においてすでに採用されており、長い歴史がある。たとえば、日本の法人住民税(法人税割)では、企業の国内の課税標準の総額が、従業者数に応じて各県に比例的に配分され、各県において税額が決定される。

ただし、日本でもアメリカでも、地方法人課税について定式配賦方式が採用されているものの、両国の制度には相違点がある。日本では、課税標準を配分する算定式を国が一律に定めているのに対し、アメリカでは、各州が算定式を独自に定めることができる。

前述のとおり、定式配賦方式の算定式は、企業の事業活動に関する要素を組み合わせることによって定められる。ここで用いられる要素は、大きく2つのグループに分類することができる。1つは、日本の法人住民税の例で用いられている従業者数のように、企業の生産活動に関する要素である。この要素のみが算定式に用いられている場合、企業は、生産活動をより集中させている地域においてより高額の法人税を納めることになる。

一方、もう1つのグループは、売上額など、企業の生産物の行き先(仕向地)に関する要素である。この要素のみに基づいて課税額が算定される制度では、たとえば、ある企業の生産拠点と販売地が異なる行政区域である場合、その企業は生産拠点を置いている地域に法人税をまったく納めないこともありうる。

アメリカの各州は、生産活動に関する要素である人件費と固定資産額、そして行き先に関する要素である売上額の3つの要素を自由に組み合わせて算定式(3要素の加重平均)を設定してよいこととされている。たとえば、アラスカ州では、各企業の人件費、固定資産額、売上額の3つの要素を均等に平均して、その企業の利益のうちでアラスカ州の法人税が課される割合を定めている。ある企業が、人件費の10%を同州で支払い、資産の60%を同州内に保有し、売り上げの20%を同州内で計上している場合には、同州はその企業の利益の30%に法人税を課すことができる。一方、ニューヨーク州は、企業の売上額のみに応じて課税ベースを算定する方式(single sales factorと呼ばれる)を採用しており、企業は、生産拠点をどこに置くかにかかわらず、その国内利益総額のうち、(ニューヨーク州における売上額)÷(国内の売上額)の割合について同州の法人税が課されることとなる。

歴史的な経緯もあり、かつては、多くの州が3つの要素をバランスよく用いる算定式を採用していた。しかし、1980年代以降、売上額をより重視した算定式に変更する州が増えてきている。直感的に想像されるとおり、ある州が売上額による課税を重視し、人件費などの生産に関する要素への課税を軽減した場合、企業にはその州に生産活動を移すインセンティブが生まれる。このことによって州内の雇用を促進するという目的が、近年の政策トレンドの背景となっている。

3.モデルによる最適な地方法人課税の分析と政策含意

定式配賦方式において、ある2つの州で売上額への課税の度合いが異なる場合、企業は、売上額への課税が重い州での価格を上げ、売上額を減らすことによって税負担を抑えるというゆがみをもたらすことが、先行研究により理論・実証の両面から示されている。

そのため、現在米国の多くの州で行われている売上額重視の算定式への政策変更は、企業の生産活動を誘致するというメリットだけでなく、その州における物価が高くなるというデメリットをもたらすことになる。このメリットとデメリットのどちらが大きいかは、先験的には明らかではないため、これらの側面を包括的に扱うことのできる分析手法が必要となる。

本研究では、定式配賦方式による法人課税が企業の立地選択に与える影響を考慮した定量的な一般均衡モデルを構築し、租税政策ゲームのナッシュ均衡解として、各州の観点からの最適な法人税率と定式配賦の算定式を求めた。具体的には、企業のマークアップ率をつかさどるパラメータなどについて、先行研究や現実の観察を基に妥当だと考えられる値を設定してカリブレーションを行い、数値解を得た。

分析の結果、広い範囲のパラメータの下で、定式配賦の最適な算定式は、生産要素(モデルでは人件費)のみを用いるべきであり、売り上げを定式配賦に用いるべきではないとの結論となった。これは、定式配賦に売り上げを用いることによる物価上昇の影響が、生産要素を用いることによる雇用の減少(モデルでは賃金の下落)の影響を上回るためである(下図参照)。

企業の生産活動(雇用や資産)に関する課税を軽減することによって生じる新規雇用創出などの効果は、地域の政治家や有権者にとって見えやすいため、このような課税の軽減は採用されやすい。一方で、売り上げへの課税の影響は、当該地域の相対的な物価上昇という形で現れるため、丁寧な計量分析を行わなければ検知が困難であると考えられる。本研究によって導き出された結論は、このような売り上げへの課税による影響は見えにくいが大きなものであり、注意深く分析される必要があることを示唆している。

図:定式配賦の算定式における売上ウェイトが厚生、賃金、物価に与える影響
図:定式配賦の算定式における売上ウェイトが厚生、賃金、物価に与える影響