ノンテクニカルサマリー

海外子会社を通じたサービスネットワークは拡大したのか?

執筆者 伊藤 由希子 (津田塾大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

問題意識

国境を超える「サービスネットワーク」を定量的に捉えることは難しい。財の取引であれば物理的に国境を超えるため、その都度、数量や金額が記録されるが、サービスの取引のうち、国際収支統計上記録されるのは輸送・旅行・金融・知的財産など一部の限られた項目にとどまるからだ。海外との貿易を通じて、現地における販売や調達といった付随的なサービス活動が行われることや、流通や通信の面で現地仕様のサービス活動が行われることは、国境を超えるサービスの貿易(Trade in Services)と捉えられているものの、充分な統計はない。そのため、「国際的サービスネットワークのもたらすインパクト」を測ることもまた、難しい。

本稿の分析内容

この問題意識から、本稿では、「日本企業の海外子会社によるサービスのネットワーク」(FATS: Foreign Affiliates Trade in Services)を海外事業活動基本調査(1996年度〜2014年度)の個票から捉えた。そして、相手国(主要展開国19カ国)との活動における「国外の経済活動(相手国と日本との貿易)」と「国内の経済活動(製造業・製造業に付随するサービス・その他のサービス)」との連動性を部門別にパネルデータで分析した。

(1)日本企業の海外子会社の「サービスネットワーク」の分類
海外子会社でのサービス活動(FATS)は、国境を超えるサービス活動の主たるものである。その内容は現地での製造業の上流・下流の工程を担う製造業に関連したサービス(Manufacturing-Related Service)と、非製造関連のサービス(Independent Service)に大別できる。表1には、1996年の海外子会社の付加価値(販売-調達)を1とした2014年度の拡大状況を示した。まず、主要進出国(19カ国)のすべてで海外子会社の活動は拡大しているがインド(8.8倍)、フィリピン(7.4倍)、中国(37.2倍)といった新興国の伸びが顕著である。次に、部門ごとの活動規模として、米国と欧州に於いては、製造業とその関連サービス業の拡大が相対的に大きい。一方、アジアでは、非製造関連サービス業の伸びが著しい(インド337倍、韓国31.3倍、フィリピン11.3倍)。全体としては、サービスの中で、相対的に拡大してきたのは「製造業に関連したサービス」であり、「非製造関連サービス」は新興国を中心に伸び率としては拡大しているが、先進国ではむしろ縮小傾向にある。従って、「サービスネットワークは拡大したか?」の答えとしては、Yesではあるが、その主力は製造業の財のフローに伴ったサービスの取引であることがわかった。

日本企業の海外現地法人の活動
1996年の規模(Value Added)=1とした、2014年の活動規模
主要進出先 Value Added Total
manufacturing manufacturing-
related service
service
米国 2.18 3.34 5.96 0.46
英国 0.85 1.17 6.62 0.22
フランス 1.33 3.21 0.97 1.11
ドイツ 2.16 3.81 1.75 0.82
オランダ 4.11 3.12 11.71 0.84
カナダ 2.19 3.59 2.98 0.37
オーストラリア 1.1 1.52 5.71 0.46
ブラジル 2.86 7.2 0.91 1.79
メキシコ 7.92 18.62 5.69 1.06
香港 2.09 4.35 4.37 0.86
インド 8.76 7.61 27.35 337.12
インドネシア 3.88 8.99 1.86 0.96
韓国 5.07 3.79 5.8 31.33
マレーシア 1.97 1.79 1.93 5.72
フィリピン 7.36 7.57 5.21 11.32
シンガポール 2.8 1.2 13.5 1.5
タイ 5.36 6.07 5.82 3.42
台湾 2.36 1.64 4.83 5.47
中国 37.17 48.47 52.78 11.12
*Value AddedはSales-Purchaseとして集計(2010年物価水準)現地販売(産出)・現地調達(投入)については、海外現地法人の産業分類に従い集計海外への販売(サービス業子会社→製造業親会社)について、製造業に関連するサービスの産出、海外からの調達(サービス業親会社→製造業子会社)について、製造業に関連するサービスの投入、とみなして集計。その他は海外現地法人の産業分類により集計
*海外現地法人のValue Added全体の伸び(第1列)と比較して上回る部門を色付セルで表示

(2)「サービスネットワーク」のインパクト
では、財とサービスのフローは連動するのか? 本稿では、日本と進出先との2国間の貿易が、海外子会社の活動(付加価値)に与えるインパクトの有無という観点から分析する。方法論としては、Johnson (2014) の手法を援用した。海外子会社の、製造・製造関連サービス・非製造関連サービスの各部門の付加価値(実数値と構成比)をそれぞれ被説明変数とする19カ国・19年のパネルデータで、両国の貿易フロー(対GDP比)を説明変数とした。また、各部門の海外活動の比重を調整するため、海外子会社数(対国内子会社数比)をコントロールした回帰分析を行った。その結果、製造関連サービス部門の投入、および非製造関連サービスの産出について、二国間貿易と安定的な正の相関関係(連動性)が示された。また、今回の分析では、貿易が、製造関連サービスに与えるインパクトの2倍程度、非製造関連サービスにインパクトを与えていることも示された。

政策的含意

二国間の貿易と、その進出先に子会社を有する企業ネットワークには、確かに財のフローからサービスのフローへのインパクトが強く存在し、二国間の貿易と海外子会社活動の密接な関係性を示している。多国籍企業の活動は、一般に貿易と深く関係しているとはいえ、現地のサービスへの有意な影響力を示した分析は少ない。一方で、日系企業の製造業とサービス業の展開には未だに国ごとに隔たりがある。殊に、製造部門と関連しないサービス業の展開は新興国で伸びている一方、先進国では相対的に停滞している。今回の分析により、「財とサービスの連動性」にかかる基礎的なデータを提供できたことは、今後の日本企業のサービスを含めた海外進出のあり方を検討する上でも重要な意味があるものと考えられる。