ノンテクニカルサマリー

人口動態、移民と市場規模

執筆者 福村 晃一 (大阪大学)/長町 康平 (香川大学)/佐藤 泰裕 (東京大学)/山本 和博 (大阪大学)
研究プロジェクト 都市システムにおける貿易と労働市場に関する空間経済分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「都市システムにおける貿易と労働市場に関する空間経済分析」プロジェクト

本稿では複数の世代が共存する様子を描いた世代重複モデルを用いて、平均寿命の延びが市場規模にどのような影響を及ぼすかを分析した。モデルでは、人々は、子供の数と差別化された財の消費量を決め、国の内外の効用の差に応じて移民が発生する。差別化された財があると、市場規模の拡大に伴って企業が増え、それが財の種類を増やす効果が生じることが知られている。すると、所得水準が変わらなくても、消費できる財の種類が増えることから人々の満足度を表す効用水準が上がる。こうした市場規模が人々の厚生に及ぼす効果に注目して、人口動態を分析した。

分析の結果、長寿化は、市場規模、そして、社会厚生に3つの経路を通じて影響を及ぼすことが分かった。まず、寿命が延びることから、老後への備えが必要になり、子供の数を減らす効果である。次に、長く生きることから1人当り生涯消費が増加する効果である。最後に、長寿化が起きると、その時期には人口が増加するため、市場規模が拡大し、効用が増すことから移民が生じる効果である。最初の効果は社会厚生に負の、後者の2つの効果は正の影響を及ぼす。

このモデルが戦後日本とアメリカの人口や出生数、移民のデータを再現できるようにパラメータを決め、それを用いて正負どちらの効果が支配的か吟味した。その結果、長寿化が市場規模へ及ぼす効果のうち、子供の数を減らすという負の効果が支配的であることが分かった。さらに、移民の受け入れの程度が、どの程度長寿化の効果を左右するのかも吟味した。より具体的には、日本がアメリカと同じように移民を受け入れていたらどうなっていたか、また、アメリカが日本と同じように移民を受け入れてこなかったらどうなっていたかを反実仮想分析により検討した。その結果、日本では移民を受け入れてこなかったことが長寿化の市場規模縮小効果を顕在化させ、アメリカでは移民を受け入れてきたことで長寿化の市場規模縮小効果が顕在化しなかったことが分かった。

こうした結果は、少子高齢化により人口規模が縮小し始めた日本において特に重要な示唆をもたらすと考えられる。長寿化はそれが生じた世代の厚生を引き上げるが、将来世代の市場規模を縮小させ、厚生を引き下げる可能性があるという結果には注意をはらうべきである。また、その効果を埋め合わせる手段として、移民の受け入れが機能しうるという結果も、移民政策の議論の出発点として重要である。もちろん、移民の受け入れは、現在世界中で議論されているような各種の問題を引き起こす可能性があり、人口減少を補うという視点だけで検討されて良いものではない。しかし、そもそもどの程度の受け入れを目標とすれば何を補えるのかを明らかにすることは議論の出発点として必要であり、本稿はその役割を果たすものであるといえる。

図:日本がアメリカと同程度に移民を受け入れてきたらどう出会ったかについての反実仮想分析
図:日本がアメリカと同程度に移民を受け入れてきたらどう出会ったかについての反実仮想分析