ノンテクニカルサマリー

米国天然ガス市場と米国経済のショックに対する非対称な反応に関する定量分析

執筆者 Bao H. NGUYEN (Australian National University)/沖本 竜義 (客員研究員)
研究プロジェクト 商品市場の経済・ファイナンス分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「商品市場の経済・ファイナンス分析」プロジェクト

問題の背景

原油と天然ガスは2つの重要なエネルギーコモディティであり、2つの価格に関して多くの研究が行われている。しかしながら、今日まで、その2つの価格に関して、統一的な見解は得られていない。具体的には、いくつかの研究は、原油価格と天然ガス価格の間に強い正の関係があることを指摘する一方、2つの価格に関して、ほとんど関連性がないことを指摘する研究も複数存在する。原油価格と天然ガス価格の関係に関して、さまざまな結果が得られている1つの原因としては、2つの価格の関係が、経済状況に応じて変化していることが考えられる。たとえば、不況時においては2つの価格に強い関連性が存在しないものの、好況時には2つの価格に強い関連性があったとすると、分析の時期に応じて、上述したような混在した結果が報告されても不思議ではない。したがって、原油価格と天然ガス価格の関係に関して、関連性の非対称性を考慮に入れたうえで分析を行い、新たな事実を明らかにすることは大変意義のあることである。

一方、エネルギー価格が実体経済に与える影響を分析することは、政策当局者においても、重要な問題である。原油価格が実体経済に与える影響に関しては、多くの研究が行われており、米国の不況に対して原油価格の上昇が大きく寄与していることが示唆されている。また、原油価格の上昇と下落では、原油価格の上昇が実体経済を停滞させる効果のほうが、原油価格の下落が実体経済を浮揚させる効果よりも、はるかに大きいという非対称性も報告されている。しかしながら、好況と不況で原油価格が実体経済に与える影響が異なる可能性を調べた研究は、ほとんど存在せず、その可能性を検証することは大変意義深い。また、このように、原油価格と実体経済の関連性を分析した研究は比較的多く存在するものの、天然ガス価格が実体経済に与える影響を分析した研究は不十分である。天然ガス価格の上昇が実体経済に悪影響をおよぼすことは容易に想像がつくものの、その影響の大きさが原油価格のものと比較してみることや、その影響の非対称性を調べることは、非常に興味深い問題である。

このような観点に基づき、本研究の目的は、原油価格と天然ガス価格の関係並びに、これらのエネルギー価格と実体経済の関係を定量的に分析することである。また、上述したように、それぞれの関係に関して、景気循環が与える影響を考慮することも重要であり、その非対称性を捉えるために、平滑推移ベクトル自己回帰モデル(STVAR)を採用し、米国天然ガス市場と米国実体経済のショックに対する非対称な反応を定量的に評価することを試みる。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、STVARモデルの推定結果から、米国天然ガス市場と米国経済のショックに対する反応が好況と不況で大きく異なることが示唆された。たとえば、原油価格は天然ガスの生産に大きな影響を及ぼすが、好況と不況でその影響は正反対であることが確認された。具体的には、図1からわかるように、原油価格ショックは不況時には天然ガス生産を減少させるが、好況時には生産を増加させることが明らかとなった。また、図2からわかるように、原油価格の上昇は、不況時には短期的には天然ガス価格を上昇させるが、長期的に天然ガス価格に与える影響は軽微であることが示唆された。それに対して、好況時には、原油価格ショックが長期的にも天然ガス価格を大きく上昇させることも明らかになった。それに加えて、図3から見て取れるように、米国経済はエネルギー価格ショックに対して、好況時よりも不況時のほうがより大きな影響を受けることが明らかとなった。より具体的には、天然ガス価格ショックは、不況時には米国経済を大きく停滞させるが、好況時には、米国経済に大きな影響は与えないことが示唆された。一方、原油価格ショックは、経済状況に関わらず、米国経済を停滞させるが、その影響は不況のほうがかなり大きくなることが明らかになった。

政策的インプリケーション

本研究の結果、エネルギー価格の関係やエネルギー価格が実体経済に与える影響は、経済の状況に応じて、大きく異なることが、確認された。特に、エネルギー価格が不況時において、実体経済に対して、より大きな影響を与えることが明らかになったことには注意が必要である。つまり、不況時に、エネルギー価格が上昇すると、実体経済はより深刻な不況に陥る可能性があることが示唆されたのである。以上の結果は米国に関する結果であるものの、日本がエネルギーの大部分を輸入に依存していることを考慮に入れると、同様もしくはそれ以上の影響があることが想像される。2014年から2015年にかけて原油価格は大きく下落したが、2016年以降、回復傾向にある。また、石油輸出国機構(OPEC)が協調減産に合意し、今後もその傾向が続く可能性も大いにある。したがって、政策当局はエネルギー価格の動向をより注視し、特に、不況時にはその影響がより多くなることを考慮に入れたうえで適切に政策を行っていく必要があるであろう。

図1:原油価格ショックに対する天然ガス生産の反応(左:不況時,右:好況時)
図1:原油価格ショックに対する天然ガス生産の反応
図2:原油価格ショックに対する天然ガス価格の反応(左:不況時,右:好況時)
図2:原油価格ショックに対する天然ガス価格の反応
図3:エネルギー価格ショックに対する米国経済の反応(左:不況時,右:好況時)
図3:エネルギー価格ショックに対する米国経済の反応