ノンテクニカルサマリー

研究開発投資と製品転換

執筆者 宮川 努 (ファカルティフェロー)/枝村 一磨 (日本生産性本部)/川上 淳之 (東洋大学)
研究プロジェクト 無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-」プロジェクト

通常、成長政策を考える場合の経済成長理論の枠組みは、非常にシンプルなソローの成長理論を基本にしている。ソローの成長理論における全要素生産性を決める要素(たとえば研究開発投資)を探し出し、その要素に対して政策的支援を与えることで、経済成長を促進すると考えている。しかしソローの成長理論では、企業が決定するのは労働や資本といった生産要素のみであって、全要素生産性に影響を与える要因について、企業は必ずしも意思決定を行っていない。

この問題を克服すべく、全要素生産性を決める要因もまた企業が決定するという考え方を含めて成長理論を再構築したのが、1980年代半ばに登場した内生的経済成長理論である。内生的経済成長理論では、前述した研究開発投資だけでなく、財政支出に伴う社会資本の蓄積や、人的資本の蓄積などが、企業の意思決定または予算制約に入り込み、より経済理論と整合的な政策フレームワークを提供できるようになっている。

しかしながら、この内生的経済成長理論の実証分析は、当初は各国の成長率を、全要素生産性を上昇させる要因で回帰するクロスセクション分析が中心となってしまい、企業行動を反映した実証分析は少なかった。基本的な内生的成長モデルでは、財の種類の多様性が生産性を向上させる仕組みになっており、その財の多様性は研究開発投資や研究開発に携わる人材に依存するメカニズムが内包されているのだが、そのデータが十分に利用できなかったのである。ただ21世紀に入ると、この傾向は転機を迎える。企業や事業所レベルのデータやPOSデータによって財の多様性も計測できるようになり、Aghion ハーバード大学教授やWeinsteinコロンビア大学教授らが、次々と財の多様性や企業をとりまく競争環境と生産性向上との関係について実証分析を発表するようになっている。

本研究は、こうした流れに沿って、まず「工業統計表」の品目編と企業編を組み合わせることで、企業レベルの財の多様性やその変化に関するデータを構築し、そのデータと「科学技術研究調査報告」や「企業活動基本調査」から得られる研究開発投資データを組み合わせることで、内生的成長理論の最も重要な部分である、研究開発投資と財の多様性または財の変動部分との関係を調べようとするものである。

たとえば、「工業統計表」と「科学技術研究調査報告」を組み合わせると下図のように、研究開発を行っている企業と行っていない企業の差が明瞭になる。すなわち研究開発を行っている企業では財のバラエティーは、研究開発を行っていない企業よりも豊富であり、これまでに活発なプロダクト・イノベーションを行ってきたことが推察できる。

図1:R&D企業と非R&D企業の財の数の比較
図1:R&D企業と非R&D企業の財の数の比較
図2:R&D企業と非R&D企業の企業年齢
図2:R&D企業と非R&D企業の企業年齢

ただ計量分析によってこの関係を実証するのは、必ずしも容易ではない。企業レベルでは財の数はあまり頻繁に変化しないからである。この点を踏まえた非線形の推計を行えば、R&D活動は、財の数を増やすことは確認できている。この実証分析により、研究開発活動がプロダクト・イノベーションを促進するという、従来よりもより理論的背景を持ち、具体的なイノベーションへの政策的サポートが確認できた。さらに付帯的なこととしては、企業年齢の高い企業の方がプロダクト・イノベーションを起こしやすいということである。これはプロダクト・イノベーションについては、古くから蓄積された技術知識が利用しやすいということを示しているように見えるが、新規企業の方がイノベーションを起こしやすいというという他国の結果とは異なる。その意味で我々の推計結果は、ベンチャー企業の支援策の在り方についても再考を促しているともいえる。