ノンテクニカルサマリー

移民受入れへの社会的抵抗を緩和できるか:広報活動の効力

執筆者 Giovanni FACCHINI (ノッティンガム大学)/Yotam MARGALIT (テルアビブ大学)/中田 啓之 (上席研究員)
研究プロジェクト 高齢化社会における移民に対する態度の調査研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第四期:2016〜2019年度)
「高齢化社会における移民に対する態度の調査研究」プロジェクト

現在、先進国の多くで移民受入と移民の社会への融合が激しい対立を伴う社会的課題となっている。特に移民と移民政策に対して慎重な態度や強い反発を示す層が存在する一方、少子高齢化による人口動態の歪みを移民受入拡大により和らげようという意見もあり、社会一般で感情的な対立を生じさせている。 そうした中、日本は、移民人口比率が先進国の中で最低水準にあるのと同時に、少子高齢化が最も進んでいるのが現状であることから、移民受入も少子高齢化への対策として取り上げられている。しかしながら、移民受入を増やす政策が社会的に受け入れられるか、エビデンスがないのが現状である。そこで、本研究では、現状についての正確な情報を共有し、移民受入を増やすことによる便益を明示化することが政策への支持拡大につながるかを実証的に分析した。

具体的には、経済産業研究所により2015年11月から12月にかけて、日本全国の縮図になる形で1万人(うち、1000人は、パイロット調査)の標本数という大規模なネット上のアンケート調査により収集したデータを用いる。当該アンケート調査は、移民受入による便益を説明する情報が移民政策への態度に与える影響を分析できるような実験の形となっている。また、情報の影響が時間とともにどの程度、弱くなるかを検証するため、3000人の回答者については、情報を与えた10日後に移民政策に関する質問をし、回答を得た。

図1:情報の影響
図1:情報の影響
注)右に行くほど移民受入賛成への情報の効果が大きい
図2:情報の効果の時間経過による劣化の度合い
図2:情報の効果の時間経過による劣化の度合い

主な結果は、図1と2にまとめられている。図1は、情報を与えられた直後に回答している場合の結果をまとめている。受け入れの方法を特定しない「移民受入増」、期間限定ビザという形で特定する「期間限定ビザによる受入増」ともに、移民受入の便益を説明した全てのケースで、情報を与えられたグループの方がそうではないグループよりもより受け入れへの賛成が多くなっている。それに対して、より積極的な政治への参加が求められる「移民受入増の陳情への署名」については、 全体的に効果がやや小さく、一部の情報は、効果があるとはいえなくなっている。「温室ガス削減」は、無関係な質問をする、いわゆるプラシーボであるが、いずれの情報も効果がないことが確認できる。つぎに図2は、情報の効果が時間の経過とともに弱まることを示しているが、10日後であっても、受入方法を特定しない、一般論としての移民受入増については、完全には消滅しないことが確認できる。

以上の結果が示唆する点は、以下のとおりである。まず、移民のような文化的な背景を伴う繊細な社会問題は、しばしば感情的な対立を伴い、冷静な議論が期待できないと考えられがちであるが、本稿は、正確な情報を共有することが重要であることを明らかにした。特に、時間の経過による情報の影響力の劣化が限定的であることは、政策決定の際、エビデンスが示されれば、合理的な議論に深化できることを示している。