ノンテクニカルサマリー

政治とのつながりとアンチダンピング調査: 中国企業データに基づいた実証研究

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「中国市場と貿易政策に関する実証的研究」プロジェクト

国有企業とアンチダンピング調査

近年、世界全体のアンチダンピング(antidumping, AD)などの非関税障壁が増加する傾向にある。AD調査(措置)件数は、2008年217(143)件、2010年173(134)件、2015年230(181)件である(出所:WTO)。2015年、中国の発動したAD調査件数と措置件数は、それぞれ11件と5件であった。

中国のAD調査・措置の詳細は、経済産業省「不公正貿易報告書」各年版に記載されている。簡単に言えば、中国では対外貿易法に基づいて「AD条例(中国における「条例」とは、 行政機関である国務院が憲法および法律に基づいて定める行政法規)」が制定され、WTOのAD協定に沿って詳細な規定が定められている。2014年4月に商務部内の輸出入公平貿易局と産業損害調査局の調査・裁決機能を統合し、新たに貿易救済調査局が設立された。中国政府は中国国内企業からの申請を受けて、輸入に対するAD調査を開始する。

中国の国有企業(state-owned enterprises)は従来から政府との結びつきが強く、経済活動に大きな影響力を持っている。国有企業とAD調査との関係については、筆者が中国の行ったAD調査案件と中国製造業の企業データを接続し、所有形態を考慮しつつ、定量的な分析を試みた。分析結果から、(1)非国有企業と比べてより生産性の低い国有企業がAD調査を申請する確率が高いこと(図1)、(2)国有資本比率が高いほどその傾向が顕著であること、(3)国有企業、特に中央政府あるいは省政府に属する国有企業が申請したAD調査が政府に認定され、最終的にAD措置につながった確率も統計的に有意に高いこと(図2)が明らかになった。

図1:AD調査を申請する確率
図1:AD調査を申請する確率
注:限界効果を示している。比較の対象は非国有企業である。
図2:AD調査申請が措置につながった確率
図2:AD調査申請が措置につながった確率
注:限界効果を示している。比較の対象は非国有企業である。

データと分析手法

本研究は、世界銀行の整備したADデータベース(Global Antidumping Database)と中国商務部ホームページに公開されているAD案件に関する通知(国内企業名、外国企業名、品目、税率、提訴の日付、決定の日付などの情報)を用いた。中国企業の生産活動や財務情報は、一定規模以上の鉱工業企業データ(中国国家統計局)を利用した。こちらのデータは、1998年から2007年までのすべての国有企業および売上高500万元以上の非国有企業に関する個票データである。企業の売上高、輸出、雇用、利潤、補助金、所有形態、4桁産業分類などの変数が入っている。

国有企業の変数としては、国有資本比率、国有企業ダミー(登録番号で特定)、国有企業の所属(中央政府、省や特別市政府、県・郷鎮政府のどちらか)を用いた。中央政府・省や特別市政府に所属する企業のほうが政治とのつながりが強いと考えられる。ADデータと中国鉱工業企業データを接続することによってADを発動する中国企業のパネルデータ(AD発動していない企業も含む)を構築し、国有企業がAD調査を申請する確率については、Probitモデルを用いて推定した。

本稿の貢献と政策への含意

AD調査のマクロ経済的要因に関する研究が多いが、その政治経済学的要因についてはまだ十分分析されていない。なぜなら、政治経済学的な要因や変数は、経済学者にとって直接観察できない(unobservable)場合が多いからである。企業は政府の保護を求める際、企業の政治的な繋がり(たとえば、議員からの支持、政治的に敏感な業界など)が政府の保護を受けられるかどうかに影響するであろうと指摘されている。とくに、近年ADを頻繁に発動する途上国について定量的な分析は少ない。

本研究は、中国の行ったADと製造業の企業データを接続し、国有企業とAD調査との関係について分析を試みた。非国有企業と比べて生産性の低い国有企業、中央政府あるいは省政府に管理されている国有企業がAD調査を申請する確率が高く、AD措置につながった確率も高い。AD保護によって生産性の低い企業が生き残った場合、資源の配分非効率(ミスアロケーション)が生じる可能性もある。

現状としては、各国では国内企業の申請を受けて国内AD法が適用され、両国間紛争があれば、WTOで交渉するという形となっているため、貿易政策としてのAD調査は限界がある。AD法より国内外共通の競争政策の整備(国有企業に対する規制も含む)が必要と考えられる。