ノンテクニカルサマリー

自由貿易協定(FTA)と貿易パターン:日本・チリFTAの分析

執筆者 久野 新 (杏林大学)/浦田 秀次郎 (ファカルティフェロー)/横田 一彦 (早稲田大学)
研究プロジェクト FTAに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「FTAに関する研究」プロジェクト

問題の所在

本論文では、2007年に発効した日本・チリ経済連携協定(JCEPA)を研究対象として取り上げ、貿易自由化が貿易パターンに与える影響を分析する。貿易パターンに関する従来の研究としては、リカード理論やヘクシャー=オリーン理論など伝統的な理論モデルの枠組みを用いたものが挙げられる。しかしながら、そうした研究では、現実の貿易で適用されている関税などの貿易政策が個別品目の貿易パターンに与える影響は明示的に考慮されていなかった。そうしたなか、2000年代以降に開発されてきた新新貿易理論では、貿易自由化に伴う貿易拡大のメカニズムをより詳細に理解する試みがなされてきた。具体的には、貿易自由化による貿易拡大を「貿易の内延(intensive margin)」の拡大および「貿易の外延(extensive margin)」の拡大に分解したうえで、貿易自由化がこれら2つのマージンに与える影響に着目することで、貿易パターンの変化を詳細に検証している。先行研究では北米自由貿易協定を対象としたものが多いが、それらの研究の結論はかならずしも一様ではない。そこで、本論文では、これまで行われてこなかった日本の貿易を対象として、貿易自由化の貿易パターンへの分析を行った。

理論モデル

我々は、リカードモデルを拡張したドーンブッシュ・フィッシャー・サムエルソン(DFS)モデルに修正を加えたモデルを用いて、貿易自由化と貿易の内延および外延への影響を理論的に検討した。修正DFSモデルを用いて、自国の貿易の内延と外延の拡大の程度は、相手国の貿易自由化と両国の比較優位パターンにより規定されるという関係を導出した。より具体的には、相手国の貿易自由化は自国の貿易の内延および外延を拡大する。一方で比較優位パターンの変化が貿易の内延と外延に与える影響は関税率の低下による比較優位構造の顕在化によってもたらさせる。歪みのなくなった両国の輸出構造はそれまで関税によって保護されてきた財の貿易を可能にする。その結果、新たな輸出財の出現(外延効果)をもたらす。

JCEPA発効による日本のチリへの輸出パターンの影響

JCEPA発効による貿易パターンへの影響を検証するために、日本からチリへの輸出を、JCEPA発効前から日本がチリに輸出していた商品の金額が増加した商品(輸出の内延:IM)および新たに輸出されるようになった商品(輸出の外延:EM)に分類し、それぞれに該当する商品数を求めた(表1)。発効前後の2年間について計算した数値によると、新たに輸出されるようになった商品は81、輸出が停止された商品は77、輸出されていた商品で輸出額が増加した商品は232、輸出額が減少した商品は124、分析期間中輸出されなかった商品は730であった。

表1 日本チリ経済連携協定(JCEPA)発効前後の貿易の外延(EM)と貿易の内延(IM)の変化
表1 日本チリ経済連携協定(JCEPA)発効前後の貿易の外延(EM)と貿易の内延(IM)の変化
注:“2 years” (“3 years”) は2005年および2006年(2004年、2005年、2006年)をFTA発効前、2010年および2011年(2010年、2011年、2012年)を発効後として計算。

続いて、本論文で導出した理論的枠組みを用いて、JCEPAが日本からチリへの輸出拡大に与えた影響を実証的に分析した。具体的には、EMとIMを被説明変数、関税率の変化(ΔT)、顕示比較優位指数の変化(ΔNRCAΔBRCA)を説明変数に用いた。関税率の変化は、チリのMFN関税率とJCEPAにおける日本からの輸入品に対する関税率の差を用いた。NRCRは標準化された顕示比較優位指数であるのに対して、BRCAはバラッサの顕示比較優位指数である。BRCAは広く利用されている指数であり、値が1よりも大きい商品は比較優位を持ち、1よりも小さい商品は比較劣位にあると解釈される。しかしながら、BRCAは下限がゼロであるのに対して上限は無限大であること、あるいは当該商品の世界貿易に占める割合が小さいほど数値が大きくなりやすいことなど、比較優位パターンの国際比較や異時点間の比較などを行う上で望ましくない性質をいくつか有している。こうしたBRCAの欠点を補うために提案されたのがNRCAであり、その値が正の商品は比較優位を持ち、負の商品は比較劣位にあると解釈される。BRCAと異なり、ある国の商品別のNRCAの平均、およびある商品の国別NRCAの平均は常にゼロであるなど、国際比較や異時点間の比較を伴うような実証分析を行ううえでいくつかの望ましい性質を有している。

被説明変数のEMとIMは正であれば1、それ以外については0をとる制限従属変数である。被説明変数が二値変数であることから、プロビット分析を行った。分析結果は表2に記載してあるが、関税率の変化については、EMおよびIM共に推定された係数は負であり、統計的に有意であった。この推計結果は、JCEPAによる貿易自由化(関税率の削減)は、日本からチリへの輸出の外延および内延を拡大させる効果を持ったことを示している。つまり、JCEPAは日本のチリへの輸出品の種類を拡大させただけではなく、JCEPA発効以前から輸出していた商品の輸出額を増加させた。一方、比較優位パターンの変化については、EMについては正で統計的に有意な推計結果が得られたが、IMについてはΔNRCAは正であるが頑健ではなく、またΔBRCAは負で統計的には有意ではなかった。推計結果からは、比較優位順位の上昇は輸出品数の拡大をもたらすことが確認できたが、すでに輸出している商品への影響は認められなかった。

結論と政策インプリケーション

リカードモデルを拡張したドーンブッシュ・フィッシャー・サムエルソン(DFS)モデルに修正を加えたモデルを用いて、JCEPAによる関税率削減の日本のチリへの輸出への効果(外延効果と内延効果)を分析した。分析結果からは、JCEPAは日本のチリへの輸出については、外延効果および内延効果が共に認められた。つまり、JCEPAは日本のチリへの輸出品の数を拡大させただけではなく、輸出額の増加に貢献したことが明らかになった。一方、比較優位順位の上昇は平均輸出額に対して影響を与えない一方、輸出品数を増大させる。この結果は理論モデルの予想に一致している。

 

本論文の分析結果は、これまで多くの研究で認められてきたFTAの貿易拡大効果を支持するだけではなく、貿易を商品数と貿易額に分解したことから、FTAの貿易への効果についての理解を、従来よりも、より一層深化させることに貢献した。また、分析結果は、貿易拡大のためには、FTAを拡大すると共にFTAの利用率を引き上げることの重要性を示唆している。FTA利用率の引き上げにあたっては、政府はFTA利用のメリットなどについての情報を普及させる共に、FTAの利用にあたって必要な原産地証明取得の手続きの簡素化など、さまざまな措置を実施しなければならない。

表2 JCEPAによる日本の輸出の外延および内延効果に関する推計結果:プロビット分析
表2 JCEPAによる日本の輸出の外延および内延効果に関する推計結果:プロビット分析
注:EMとIMは、各々、輸出の外延および内延、ΔTはチリのMFN関税率とJCEPAにおける日本からの輸入品に対する関税率の差、ΔNRCAΔBRCAは各々標準化された顕示比較優位指数の変化、バラッサの顕示比較優位指数の変化。