ノンテクニカルサマリー

債務減免か返済繰延か:中小企業向け貸出の条件変更の決定要因と企業パフォーマンスへの影響

執筆者 小野 有人 (中央大学)/安田 行宏 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

金融危機や自然災害などの大きな負のショックが生じると、過大な債務を抱えた借り手の債務負担の軽減を図る政策措置がしばしばとられる。たとえば、グローバル金融危機後の米国では、住宅ローンの返済が困難になった個人を対象とするHome Affordable Modification Programによって、住宅ローンの条件変更が促進された。また、東日本大震災後には、いわゆる二重ローンを抱えた個人や事業者を対象に、震災前の債務の軽減を図るさまざまな施策がとられた。

では、借り手の債務負担軽減は、そのパフォーマンスの改善につながるのだろうか。少なくとも理論的には、その可能性があると考えられる。一般に、債務超過状態に陥った借り手は、追加的に得られるキャッシュフロー(たとえば家計であれば労働所得、企業であれば事業キャッシュフロー)が主に債権者への債務の弁済に充当され借り手自身には帰属しない。このため、借り手がパフォーマンスを改善させるインセンティブが失われる可能性がある(デット・オーバーハング問題)。こうした状況の下では、債務負担の軽減によって、借り手の当該インセンティブを改善できる可能性がある。また、貸し手にとっても、借り手のインセンティブ改善による返済確率の上昇が債務負担軽減による期待利得の減少を上回るのであれば、合理的な選択といえる。他方で、債務軽減が安易に行われれば、金融契約を遵守する規律が失われ、借り手のパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性も考えられる。さらに、債務軽減を促進するために貸し手に何らかの「アメ」が提供される場合、将来キャッシュフローの見込みが乏しい借り手にも債務軽減がなされるかもしれない。

このように、債務負担の軽減が借り手のパフォーマンスに及ぼす影響は、すぐれた実証的な分析課題であるといえる。そこで本稿では、2009年12月から2013年3月にかけて実施された「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律(以下、金融円滑化法)」の下で行われた中小企業向け貸出の条件変更を分析対象として、デット・オーバーハング仮説の検証を行った。より具体的には、Krugman (1988) "financing vs. forgiving a debt overhang"に基づき、金融円滑化法後に企業が受けた条件変更のタイプを「返済繰延(financing)」と「債務減免(debt forgiveness)」に分割し、その決定要因や条件変更後の企業パフォーマンスを検証した。ここで返済繰延とは、返済期間繰延や元本支払猶予など既往債務をロールオーバーする措置を指す。債務減免とは、金利減免や元本債務削減など債務負担を実質的に軽減する措置を指す。本稿の主要な結果は以下の3点である。

第1に、金融機関は、信用力や収益性が相対的に高い企業に対して債務減免型の条件変更で応じていた。これは、将来キャッシュフローが改善する見込みが高い借り手を中心に選択的に債務減免を行っていることを示唆しており、先述のデット・オーバーハング仮説と整合的である。

第2に、条件変更を受けた後の新規借入や企業パフォーマンスは、債務減免を受けた企業の方が返済繰延を受けた企業よりも改善した。より具体的には、債務減免を受けた企業は、条件変更後に当該金融機関に対して行った新規借入申込の拒絶率が返済繰延を受けた企業よりも低かった一方で、信用力等を表す「評点」の改善幅は相対的に高かった(表)。この結果は、債務減免により借り手のインセンティブ問題が解消され、事後パフォーマンスが改善していることを示唆しており、デット・オーバーハング仮説と整合的である。

表:条件変更後の新規借入、企業パフォーマンスの比較
債務負担減免
(debt forgiveness)
返済繰延
(forgiving)
差分
新規借入
(条件変更後の新規融資拒絶率)
0.178 0.383 -0.206***
企業パフォーマンス
(評点変化幅)
0.771 -0.936 1.707***
(注1)債務減免を受けた企業と返済繰延を受けた企業の事前属性の違いをコントロールした傾向マッチング法(propensity score matching)に基づく値
(注2)新規融資拒絶率は0〜1の値をとり、1は100%を意味する。評点変化幅は条件変更後(2013–2014年)の評点と条件変更前(2008–2009年)の評点の差分。評点は0〜100の値をとり、値が大きいほど信用力などが高いことを表す。
(注3)***は債務負担減免を受けた企業と返済繰延を受けた企業の差がないという帰無仮説が1%の有意水準で棄却されることを示す。

第3に、公的な信用保証(信用保証協会による保証)が条件変更に及ぼす影響を検証するため、条件変更を受けられなかった企業を比較対象とする追加的な検証を行った。条件変更を受けられなかった企業と返済繰延を受けた企業を比較した場合、返済繰延を受けた企業ではレバレッジが増大し、かつ事後パフォーマンスが悪化しており、この傾向は信用保証付き借入の返済繰延で顕著であった。一方、条件変更を受けられなかった企業と債務減免を受けた企業を比較した場合、債務減免を受けた企業ではパフォーマンスが改善しており、この傾向は信用保証が付いていなかった借り入れで顕著であった。これらの結果は、金融円滑化法による条件変更の効果が、公的な信用保証制度によるモラルハザードによって毀損されたことを示唆している。以上から、金融円滑化法などの債務負担軽減を企図した制度の設計にあたっては、信用保証制度など他の施策との整合性に配慮することが必要であると考えられる。

文献
  • Krugman, P., 1988. Financing vs. forgiving a debt overhang. Journal of Development Economics 29(3), 253–268.