ノンテクニカルサマリー

海外生産の拡大と国内取引関係

執筆者 早川 和伸 (アジア経済研究所)/松浦 寿幸 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 国際化・情報化新時代と地域経済
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「国際化・情報化新時代と地域経済」プロジェクト

1.問題意識

かつては企業の海外進出は国内事業の縮小を伴い国内雇用を空洞化させるといった懸念が見られたが、近年の研究では海外直接投資は投資企業自身の業績への影響、すなわち「直接効果」については正の効果がみられると指摘されている。一方で、海外進出企業の多くは大企業であり、多くの国内供給業者との取引がある。そのため、企業が海外進出する際に引き続き国内から調達を続けるか、あるいは海外の進出先の地場企業に変更するかによって、企業の海外進出の国内経済への「間接効果」は大きく異なってくると考えらえる。

そこで本研究では、企業による直接投資が当該企業の国内取引関係、および当該企業に対する供給企業のパフォーマンスに与える影響を計量分析により明らかにした。とくに、企業の海外進出がサプライ・チェーンを通じて経済全体に波及していく様子を調べるために、それらの影響を、直接投資企業に対する一次サプライヤー(直接供給企業)と二次サプライヤー(間接供給企業)に分けて分析を行った。分析には、2006年と2011年の東京商工リサーチ社が収集する企業財務情報と取引ネットワーク情報に、企業の海外進出情報を接続したデータ・ベースを用いている。

2.企業グループ別の特性・パフォーマンス比較

表1は、分析対象企業を海外進出企業、直接供給企業、間接供給企業、その他の企業にグループ分けし、その企業特性を比較したものである。海外進出企業とその供給企業は、2006年時点で海外進出済みの企業(既存海外進出企業)、2006年から2011年の間に新規に進出した企業(新規海外進出企業)、そしてこれらの企業の取引企業にグループ分けしている。供給企業の定義は、海外に進出していない企業で主要三顧客のうち少なくとも1社が海外進出企業、あるいは直接供給企業であることとしている。なお、雇用成長率、売上成長率が軒並みマイナスになっているが、製造業では全体として国内生産額、雇用者数が減少傾向であること、また分析期間にリーマンショックが含まれていることによる。

以下2つの事実を指摘したい。第1に、グループ間で、従業員数でみた企業規模ならびに取引企業(供給企業)数に明確な違いがみられる。海外進出企業は規模が大きく取引企業も多いことは従来から知られているが、海外進出企業と直接取引関係にある企業群も彼らに次いで規模が大きいことがわかる。一方、間接供給企業群については「その他」の企業とさほど変わらないかやや小規模である。第2に、雇用・売上成長率に注目すると、海外進出企業と直接供給企業のそれは「その他」の企業群よりも成長率が高い、あるいは相対的に減少率が小さいことがわかる。本研究ではこうした関係についてさまざまな要因をコントロールしながら計量的な分析を行っているが同様の結果を得ている。

3.供給企業側からみた相手別の取引関係停止確率

本研究では、こうした企業グループ間の業績の格差の背景を探るべく企業間の取引関係の継続状況についても分析を行っている。図1は供給企業からみた取引相手別の取引停止確率を比較したものである。海外進出企業との取引停止確率は「その他」との取引関係に比べて10%〜12%ほど小さく、直接供給企業との取引停止確率は既存の海外進出企業については6%ほど低いものの、新規海外進出企業との取引は「その他」企業との取引と変わらないことが分かった。表1の結果と合わせて考えると、海外進出企業は相対的に雇用・売上減少率の小さい企業が多く、こうした企業と取引する企業も雇用・売上減少率の小さい企業が多い。両者の間には強い取引関係があり、企業が海外進出を進めても取引停止に至る確率は平均的にみると低いといえる。

4.終わりに

本研究では、企業による直接投資が当該企業の国内取引関係、および当該企業に対する供給企業のパフォーマンスに与える影響を、我が国製造業を対象とする大規模データにより分析した。分析の結果、企業が海外進出を開始したとしても、その国内の取引関係が停止される確率はむしろ低く、また、海外進出企業は相対的に雇用・売上成長率が高い(あるいは減少率が小さい)企業が多いこともあり、供給企業の雇用成長率は相対的にみて減少率が小さいことがわかった。こうした結果は、海外直接投資が国内の取引ネットワークを断絶させるものではなく、むしろ供給企業の業績を下支えしている可能性を示唆するものである。現在、政府機関などでは中堅・中小企業の海外進出支援などが行われているが、こうした政策を支持するものであると理解できる。

表1:企業グループ別の特性・パフォーマンス
従業員数 供給業者数 顧客企業数 雇⽤成⻑率 売上成⻑率
既存海外進出企業 1155.05 110.83 91.29 -0.9% -11.3%
新規海外進出企業 366.34 35.76 44.96 12.0% -2.0%
直接供給企業(既存海外進出企業) 62.92 6.71 7.64 -3.9% -15.1%
直接供給企業(新規海外進出企業) 33.86 5.31 6.41 -2.5% -11.8%
間接供給企業(既存海外進出企業) 26.82 4.08 5.11 -3.7% -17.3%
間接供給企業(新規海外進出企業) 20.18 3.82 4.82 -11.5% -20.3%
その他の企業 42.71 5.63 6.85 -7.9% -18.7%
全企業 67.68 7.79 8.53 -6.3% -17.5%
図1:供給企業からみた相手別の取引継続確率
図1:供給企業からみた相手別の取引継続確率