ノンテクニカルサマリー

事業所間の生産技術の異質性を考慮に入れた集計生産性成長率の要因分解について

執筆者 笠原 博幸 (University of British Columbia)/西田 充邦 (Johns Hopkins University)/鈴木 通雄 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析」プロジェクト

目的

本稿は、既存研究に比べて、事業所間の生産技術の多様性を柔軟にとらえるモデルを推定することにより、近年研究が盛んな事業所レベルの生産性成長率と生産要素(労働力、機械など)の事業所間での移動の効率性をより精緻に測定することを目指す。企業・事業所レベルのデータを用いた実証研究では、同一産業に属する事業所は同じ生産技術を持つと仮定することが一般的である。しかし、たとえば部品などの中間生産物の外部調達や製造工程の機械化の程度の差、または細分化された産業内でも異なる製品が含まれていることがあるため、生産技術は一般的な仮定よりも多様である可能性がある。そこで、我々は経済産業省の工業統計調査を用いて、細分化された産業内で生産技術のばらつきがあることを考慮した場合に、集計された生産性成長率の要因分解がどのように変わるかについて詳細な分析を行う。

主な結果

企業・事業所レベルのミクロデータを用いた実証分析では、Cobb-Douglas型と呼ばれる関数を用いて生産技術をモデル化することが一般的である。その仮定の下では、生産技術が同じならば、中間生産物に対する支出と売上高の比率(以下、中間財支出・売上高比とよぶ)は、事業所間で長期的には等しくなるはずである。しかし我々は、多くの産業で中間財支出・売上高比のばらつきが大きいことを確認した。たとえば、以下の図は、ばらつきが比較的大きいニット製外衣製造業における中間財支出・売上高比のヒストグラムである。右側の図(b)は、データが観測された期間で事業所ごとに中間財支出・売上高比の平均をとり、その分布を示したものである。図(a)と(b)の分布の形がほぼ同じであることは、事業所間の中間財支出・売上高比のばらつきが長期的なものであることを示唆している。

Figure 1: Distribution of Intermediate Input Share
Figure 1: Distribution of Intermediate Input Share

次に、我々は、中間財支出・売上高比のばらつきが比較的大きく、事業所数も多いニット製外衣製造業と自動車部分品・附属品製造業について、生産技術の多様性を考慮するため、ランダム係数のCobb-Douglas生産関数を推定し、集計生産性成長率の要因分解を行った。その結果、事業所間で生産技術が異なることを考慮すると、しない場合に比べて、各事業所内の生産性成長率、事業所間の生産要素の移動、双方の寄与度の年次変動が小さくなることが確認された。さらに、表に示す通り、生産技術の多様性を考慮すると、生産要素の移動の寄与度の符号が逆になるケースが観察された。たとえば、ニット製外衣製造業においては、バブル後の1992年から1997年にかけて、事業所間で労働や資本などの生産要素が移動することによる生産性成長率は、事業所間の技術の多様性を考慮した場合に-0.5%であるのに対し、それを考慮しない場合は0.4%になる。自動車部分品・附属品製造業では、1987年から1991年の生産要素の移動による集計生産性成長率の平均は、生産技術の多様性を考慮した場合に0.7%であるのに対し、考慮しない場合は-1.8%であった。

表1:事業所間の生産要素の移動による集計生産性成長率
産業 ニット製外衣製造業 自動車部品・附属品製造業
生産技術異質性(タイプの数) なし あり (3) なし あり (3)
平均 1987年-1991年 -1.7% -0.4% -1.8% -0.7%
1992年-1996年 0.4% -0.5% 0.4% 0.0%
1997年-2001年 -0.9% -1.4% -0.9% -0.4%
2002年-2008年 -0.6% -0.6% -0.2% 1.0%
1987年-2008年 -0.7% -0.7% -0.6% 0.4%
標準偏差 1987年-1991年 1.9% 1.0% 3.1% 1.3%

政策的含意

1990年代前半のバブル崩壊以降、経済成長率の長期停滞を経験し、今後、労働人口の減少に直面する日本経済にとっては、生産性の改善は大きな課題であり、規制緩和や法人税改革など様々な政策が検討されてきている。それらの政策の効果やメカニズムの理解のためには、集計された生産性成長率の変動の要因を正確に理解することが必要不可欠である。本稿の分析結果は、その際に、既存の実証研究で一般的に課される仮定をこえて、事業所間の生産技術の多様性を考慮することが重要であることを示唆する。