ノンテクニカルサマリー

銀行が純粋な債権者になった時:銀行保有株式の減少が銀行貸出、 企業リスクに及ぼす影響

執筆者 小野 有人 (中央大学)/鈴木 健嗣 (一橋大学)/植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

日本の企業・銀行間関係、企業統治(コーポレート・ガバナンス)の特徴の1つは、銀行が顧客企業の株式を保有している点にある。しかし1990年代後半から2000年代前半にかけて、銀行の政策保有株式は急速に減少した(図)。その背景には、金融危機による株価リスクの顕在化や、時価会計の導入、バーゼルIIにおける株式のリスクウェイトの引き上げなどがあるが、これらに加えて重要な要因として、「銀行等の株式等の保有の制限等に関する法律(以下、銀行株式保有制限法)」(2001年11月成立、2006年9月30日施行)がある。同法は、各銀行が保有する上場企業株式総額の上限をその銀行のTier 1自己資本と定めるものであり、同法制定以前にTier 1以上の株式を保有していた銀行は、保有株式の削減を強いられることとなった。

本稿では、銀行株式保有制限法による銀行の株式売却を操作変数に用いて、銀行による顧客企業の株式売却が、その銀行の貸出シェアや、企業行動に及ぼす影響を分析した。分析対象は銀行株式保有制限法成立前の2001年に銀行が主要株主(上位30位)として株式を保有する上場企業・銀行ペア(サンプル数3941)であり、2006年時点における企業と銀行の株式保有関係・融資関係、および企業行動の変化について検証した。銀行が株式を保有する動機としては、(1)株式と貸し出しとの補完性に基づき銀行が貸し出しにおける競争優位を得ること、(2)債権者と株主との利益相反を緩和することが理論的に指摘されている。(1)の理論仮説が正しければ、外生的な政策変更に基づく銀行の株式売却は、その銀行の貸出競争力(貸出シェア)を低下させると予想される。(2)の理論仮説が正しければ、銀行の株式売却後、企業のリスクが増大し、他の債権者による利益相反懸念の高まりによって負債比率が低下すると予想される。

図:都市銀行・地方銀行等の株式保有比率の推移
図1:教育と世代間移転の相関図
(注)時価金額ベース、2004年度以降、ジャスダック銘柄を含む。
(資料)東京証券取引所等「2015年度株式分布状況調査」

本稿で得られた主要な結果は以下の2点である。第1に、銀行株式保有制限法によって銀行が顧客企業の主要株主(上位30位)から外れると、その銀行の当該企業向け貸出シェアは有意に低下する。推定された係数に基づいて規制の影響を評価すると、法施行前の2001年に主要株主であった銀行が2006年に主要株主から外れる確率は、銀行等株式保有制限法制定前の2001年3月期に保有株式総額がTier 1の1.12倍だった銀行(分析サンプルの平均値)の場合、2.9%ポイント上昇する。また、貸出シェアの期待値は0.2%ポイント低下する。分析サンプル全体では、主要株主から外れた銀行の割合が23.4%、貸出シェア低下幅の平均値が1.2%ポイントであることと比較すると、銀行株式保有制限法に起因する銀行の株式売却は、銀行の貸出競争力に相応のインパクトを及ぼしたと考えられる。

第2に、銀行が主要株主から外れた企業では、ROAのボラティリティが上昇する一方、リスク一単位当たりの収益性を表すシャープ・レシオ(ROA平均値/過去5年のROAの標準偏差)は低下した。また、株式を売却した銀行の貸し出し以外の負債(対総資産比率)が減少した。これらの結果は、銀行による株式売却が、企業のリスクテイクを促進し、利益相反に対する外部債権者の懸念を高めた可能性を示唆している。

本稿の分析結果によれば、銀行による顧客企業の株式売却は、その銀行の貸出競争力を毀損する。銀行の株式保有比率は、2000年代後半以降、若干低下したもののほぼ横ばいで推移してきたが(図)、その背景には、貸出競争力の低下に対する銀行自身の懸念があったと考えられる。また、銀行が株式を売却すると、企業リスクが増大し、債権者と株主との利益相反懸念が強まる可能性も示唆された。現下の企業統治の強化をめぐる議論では、銀行の政策保有株式について否定的に評価されることが多い。しかし本稿の分析結果は、銀行が債権者兼株主として、企業統治上、有益な役割を担ってきた可能性があることを示唆している。今後の企業統治をめぐる議論では、これまで銀行が担ってきた役割を再検証するとともに、銀行による株式保有が減少するのであれば、銀行に代わって誰がどのような役割を担うのかという視点が重要であると思われる。