ノンテクニカルサマリー

企業内キャリアにおける男女間格差

執筆者 佐藤 香織 (東京大学)/橋本 由紀 (九州大学)/大湾 秀雄 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―」プロジェクト

本研究の意義

男女の賃金格差については内外で多数の研究が蓄積されてきた。近年では産業、職種、そして同一企業内での職務配置における男女差が賃金格差の主要因の1つであることを明らかにした研究が増えつつある。また、キャリアを通じた幅広い職務経験の蓄積が将来の昇進と関連することが指摘されているが、女性は将来の昇進につながる「発展的な仕事」を割り当てられにくいとする報告もある。

しかし、先行研究は一時点の職種や職務配置と賃金の男女差の関連を分析した研究が中心であり(Bayard, Hellerstein, Neumark, & Troske 2003 など)、数年にわたる職務配置の履歴(キャリア)と、賃金・昇進の関係について検証した研究はデンマークのデータを用いたFrederiksen &Kato(2011)があるが、男女差との関連についての検証は行われていない。本稿では、従業員の詳細な属性情報や職務履歴情報が利用可能な日本の製造業企業の人事データを用いて、大卒以上の総合職正社員について分析を行い、職務配置と昇進や賃金との間の関係を調べた。

その結果、職務配置が男女の賃金格差の原因であるとの結果は得られなかったものの、異動や転勤といった管理職になるための訓練として考えられる幅広い職務経験が昇進につながる度合いが、女性において男性よりも強く出ることが明らかになった。これは、労働時間と昇進の間の関係を調べたKato, Ogawa, and Owan (2016)と整合的であり、女性に対する統計的差別が原因であると考えられる。政策インプリケーションとして、「女性の活躍推進」の立場から、男女のキャリアトラックの均等化により目を向ける必要性を指摘できる。

分析結果

昇進確率と賃金関数の推定の結果、職種や異動・転勤回数をコントロールすると男女の昇進・賃金格差が拡大することから、昇進確率や賃金が高い職場に総合職女性が配置されていることが示された。また、転勤経験の多さと将来の昇進確率および賃金の高さには有意な正の関係があり、女性においてこの関係が特に強く出ることがわかった(図「男女別に見た転勤回数と昇進確率の関係」を参照)。職種の影響については、R&Dの職種につく女性が男性と同等の賃金・昇進確率を得ていることがわかった。このことから、突発的な事態への対応が少なく、営業などの顧客と接する職種と比較すると自律的に仕事を進められる専門的な職種において、女性が活躍する傾向があると推測される。また、個人の異質性をコントロールした場合、転勤は男性にのみ賃金上昇の効果が見られたことから、女性は男性と比べて賃金上昇の少ない昇進を受け入れる可能性があることが示唆された。

政策インプリケーション

本稿の結果から、企業内において男女でキャリアトラックが異なる可能性が示唆される。即ち、女性は総合職であっても一部の選ばれた者だけが管理職トラックに乗って転勤や昇進を経験し、大部分は昇進可能性のないキャリアを歩む。その結果、転勤(管理職になるための訓練投資)と昇進との関係が女性においてより強く出ると考えられる。この背景には、女性に対する統計的差別(女性は男性と比べて平均的に離職率が高いため、企業は女性に対して昇進につながる訓練投資をしたがらない)と、それに伴う職域の限定があると考えられる。女性の職域を特定の領域に限定することは、女性のキャリアを狭めることにつながり、中・長期的に見て女性の活躍を阻害する可能性がある。女性活躍推進法の成立に伴い、国・地方公共団体および大企業には女性の活躍に関する状況把握や行動計画の策定・公表などが義務付けられた。女性が男性と同等に活躍しているかどうかを見るためには、企業や組織全体の女性比率や管理職比率だけではなく、部署や職能ごとの女性(管理職)比率も公表し、企業が幅広い部署・職能で女性が活躍できるように努めているかを把握できるようにすることが重要であろう。

図:男女別に見た転勤回数と昇進確率の関係
図:男女別に見た転勤回数と昇進確率の関係