ノンテクニカルサマリー

減資による課税回避が企業成長に与える影響 ―外形標準課税の導入イベントを用いた自然実験分析―

執筆者 細野 薫 (ファカルティフェロー)/布袋 正樹 (大東文化大学)/宮川 大介 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析」プロジェクト

本研究は、税制の変更が企業成長と企業金融(例:資金調達、流動性保有)に対して与える影響を、日本における外形標準課税の導入に注目して検討したものである。外形標準課税は、事業規模に応じた公平な税負担を趣旨として、2002年12月に閣議決定され、2004年4月から法人事業税(都道府県税)の一部として導入された。外形標準課税の導入以前、法人事業税は所得に応じて課税されていたが(所得割)、同制度の導入により、赤字法人であっても付加価値と資本金などに応じて「公平に」課税されることとなった(付加価値割および所得割)。

ここで注目すべきは、中小企業の負担に配慮して、同制度が資本金1億円超の法人に限定して適用されており、資本金1億円以下の法人に対しては外形標準課税が免除されている(資本金1億円以下の法人は所得割のみを負担する)という点である。このように、課税対象の設定に関して企業属性の「閾値」が存在する場合、税支払いを逃れようとする企業が当該閾値の近傍に集中すること(「bunching」と呼ばれる)が先行研究で広く指摘されており、日本における外形標準課税についても、たとえば、服部(2016)が外形標準課税の導入後に1億円以下に減資する企業が急増したことを報告している。しかし、既存研究におけるbunchingの存在に関する指摘は、租税回避を狙う企業行動の明確な存在を示唆するものではあるものの、そうした「制度に誘因付けられた」租税回避行動が、企業成長や企業金融に対してどのような影響を及ぼしたのかについて必ずしも明らかにしたものではない。

分析の目的を明確にする狙いから、企業が減資を行う状況をスケッチしてみよう。一般的な有償減資では、企業は株主に資金を払い戻すための資金を何らかの形で調達する必要がある。もし企業が資金のすべてを借り入れで調達することができれば、資産を売却する必要はないため、企業規模は変化しない。しかし、何らかの借入制約に直面している企業が、保有資産を用いて払い戻し資金を調達した場合、企業規模は縮小する。また、こうした企業規模変化の背後で、企業の資金調達構造(例:負債比率)や企業が保有する流動性の水準に対して何らかの変化が生じることも想定されるだろう。本研究の目的は、既存研究において必ずしも明らかになっていないこれらの問いに対して、経済産業省『企業活動基本調査』の個票データを用いることで、外形標準課税の導入に誘発された減資(租税回避行動)が、企業成長および企業金融に対してどのような影響を及ぼしたのかを分析することにある。

具体的には、外形標準課税の導入がアナウンスされた2002年度以降に資本金1億円超から1億円以下に減資した企業(処置群)403社と、2002年度以降に資本金1億円超の区分に留まった企業403社(比較のための対照群、資本金1億円超の範囲で減資した企業は除く)を、傾向スコアマッチングの手法を用いてマッチングし、処置群と対象群の間で、減資イベント発生前後の成果変数の変化が有意に異なるのかを統計的に検証した。

 

成果変数には、企業規模を表す総資産(対数値)、従業員数(対数値)、売上高(対数値)、有形固定資産(対数値)、流動資産(対数値)、借入規模を表す総負債(対数値)、負債比率(総負債÷総資産)、流動資産比率(流動資産÷総資産)を用いた。また、成果変数の変化を測定する期間は、減資イベント発生前年(t-1)から発生年(t)まで、減資イベント発生前年(t-1)から発生1年後(t+1)まで、減資イベント発生前年(t-1)から発生2年後(t+2)までの3つである。もし成果変数の変化が、処置群と対照群の間で有意に異なれば、外形標準課税の導入に誘発された減資が、企業規模、借り入れ、流動性保有に何らかの影響を及ぼしたことを意味する。

表1は分析結果を示している。まず、企業規模を表す成果変数をみると、流動資産(t+1)-(t-1)を除いて、全ての期間において、対照群に比して処置群の変化率(対数差分)が有意に小さくなっている。また、総負債についても、全ての期間において、対照群よりも処置群の方が変化率(対数差分)が有意に小さくなっている。これらの結果は、外形標準課税の導入に誘発された減資が、規模の意味での企業成長を低下させたことを意味している。また、処置群と対象群との間で負債比率の変化には差が確認されなかった一方で、総資産に占める流動資産の割合が前者において相対的に上昇していることが確認された。これらの分析結果は、制度導入に動機づけられた減資によって、流動性保有の必要性が高まるとともに、企業成長に対して負の影響が生じたことを示している。

表1:分析結果
成果変数 対照群 処置群 T値
総資産(t) - (t-1) 0.0184 -0.0524 -0.0709 -4.21 ***
総資産(t+1) - (t-1) 0.0185 -0.0740 -0.0926 -4.63 ***
総資産(t+2) - (t-1) 0.0323 -0.1132 -0.1455 -5.61 ***
従業員数(t) - (t-1) 0.0152 -0.0570 -0.0722 -3.98 ***
従業員数(t+1) - (t-1) 0.0167 -0.0568 -0.0735 -3.73 ***
従業員数(t+2) - (t-1) 0.0560 -0.0547 -0.1108 -4.90 ***
売上高(t) - (t-1) 0.0366 -0.0095 -0.0461 -3.16 ***
売上高(t+1) - (t-1) 0.0491 0.0019 -0.0473 -2.56 **
売上高(t+2) - (t-1) 0.0588 0.0140 -0.0448 -1.95 *
有形固定資産(t) - (t-1) -0.0081 -0.0956 -0.0874 -3.30 ***
有形固定資産(t+1) - (t-1) -0.0022 -0.1761 -0.1740 -4.58 ***
有形固定資産(t+2) - (t-1) -0.0244 -0.2453 -0.2210 -4.92 ***
流動資産(t) - (t-1) 0.0415 -0.0071 -0.0487 -2.23 **
流動資産(t+1) - (t-1) 0.0336 -0.0038 -0.0375 -1.53
流動資産(t+2) - (t-1) 0.0706 -0.0077 -0.0783 -2.51 **
総負債(t) - (t-1) -0.0072 -0.0739 -0.0667 -3.30 ***
総負債(t+1) - (t-1) -0.0106 -0.1099 -0.0994 -4.16 ***
総負債(t+2) - (t-1) -0.0115 -0.1618 -0.1502 -4.90 ***
負債比率(t) - (t-1) -0.0199 -0.0148 0.0051 0.60
負債比率(t+1) - (t-1) -0.0186 -0.0245 -0.0059 -0.61
負債比率(t+2) - (t-1) -0.0250 -0.0335 -0.0085 -0.74
流動資産比率(t) - (t-1) 0.0045 0.0153 0.0108 1.93 *
流動資産比率(t+1) - (t-1) 0.0057 0.0285 0.0228 3.15 ***
流動資産比率(t+2) - (t-1) 0.0130 0.0398 0.0268 3.19 ***
(注)***, **, *はそれぞれ1%, 5%, 10%水準で統計的に有意なことを示す。

中小企業課税の在り方については、近年さまざまな視点からの議論が進められている。我が国においては、大企業と比べた「税負担能力の低さ」を主たる理由として、資本金1億円以下の法人に対して、本研究で取り上げた外形標準課税の非適用のほか、軽減税率(800万以下の課税所得に適用)などによる法人課税の優遇を行っている。しかし、多額の所得を得ながら中小企業向けの優遇を受ける法人も存在しており、政府税制調査会(2014)などが、中小企業の範囲(資本金基準)の見直しを通じて「真に支援が必要」な企業に対象を絞る必要性や、軽減税率の見直しを通じて「同じ所得金額には同じ税率」を適用する必要性を議論している。海外では、英国のMirrlees et al.(2011)レポートが、すべての小企業を一律に優遇するのではなく、たとえば、大企業よりも大きなスピルオーバー効果をもつR&D支出を行う小企業に対してより優遇された課税控除を適用するなど、中小企業課税を「効率的なもの」へと変革する必要性を指摘している。

こうした文脈において、一部の企業における租税回避行動の誘発と成長の鈍化を指摘した本研究の分析は、望ましい中小企業課税のあり方を検討する上で、企業行動に歪みをもたらさない制度の設計(例:閾値を設けない連続的な税負担構造)が重要なポイントとなりうることを示唆するものである。

文献
  • 政府税制調査会(2014)『法人税改革について』内閣府。
  • 服部孝徳(2016)「外形標準課税が企業行動に与える影響」『財政経済理論研修論文集(平成28年度)』、137-147。
  • Mirrlees, J., S. Adam, T. Besley, R. Blundell, S. Bond, R. Chote, M. Gammie, P. Johnson, G. Myles and J. M. Poterba, (2011), Mirrlees Review: Tax by design, Oxford University Press.