ノンテクニカルサマリー

企業ネットワークを通じた負の経済的ショックの連鎖 ―サプライチェーンの大規模データを利用したシミュレーション分析―

執筆者 井上 寛康 (兵庫県立大学)/戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業の国際・国内ネットワークに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業の国際・国内ネットワークに関する研究」プロジェクト

本稿は、自然災害や金融危機などの負のショックがサプライチェーンを通じてどのように伝達されるのかを、実際の日本のサプライチェーンのデータを用い、ミクロシミュレーションによって分析する。このテーマは経済学と政策の現場で近年大きな話題となっているが、多くの研究は産業連関表に代表される産業ごとのデータに依存している。本稿は、ごく最近の多くの論文と同様に、企業レベルの理論モデルとデータを利用しているが、特に実際のデータ上で全企業のシミュレーションを行っているところが特徴的である。実際のサプライチェーンにおける取引先の数の分布は著しく偏っているために、負のショックによる経済全体への影響は、ランダムなサプライチェーンを想定した時よりも実際の方がはるかに大きい。また、企業の密なつながりは波及を遅らせる働きがある。同様に実際のネットワークには財の代替性によるショックの吸収効果がある。地域や産業などの特定グループに対するショックについては、ハブを多く含んだグループの方が波及のスピードが速い。最後に、ショックの総量が一定の場合には、多数の企業が小さなショックを受けるよりも少数が大きなショックを受けたほうが、経済全体への波及効果ははるかに大きなものとなる。本研究から導かれる政策的含意としては、地方におけるショックであっても初期の対応を誤ると大都市発と変わらない被害を起こすこと、また代替財のショックの吸収効果は高いので有事に備えた代替供給先の確保が重要であること、などがあげられる。

図の1枚目は、ネットワークの構造がダメージの波及にどれだけ大きな違いとなって表れるかについて示している。赤の線が実際のネットワーク、青の線がランダムなネットワーク、緑の線が次数保存ランダムネットワーク(実際のネットワークにおいて、各リンクのつながっている先を交換したもの)である。横軸は直接被害が起きた日からの日数、縦軸が総付加価値である。この図からわかるとおり、青の線が被害を小さく見積もっていることがわかる。多くの従来研究では実際のネットワークデータを用いず、ランダムなネットワークを仮定しているが、そのことによって被害を過小評価している。また、実際のネットワークでは(システムで仮定している財の在庫が枯渇する)30日後のショックの波及が、ローカルなループ構造により抑えられていることが、次数保存ランダムネットワークとの差からわかる。

図の2枚目は地域(HKDは北海道の意味であり、ほかも同様)に与えたショックが波及する様子を示している。最初にダメージを受けた企業から1ステップ先の企業に供給不足の影響がでる30日後では、関東と近畿、すなわち大都市圏発のダメージが地方発の約1.5から2倍ほどになるものの、2ステップ先からはほとんど差がなくなる。これは地方発のダメージであってもかなり早期に手当しなければ経済システム全体に大きな被害が及ぶことを示唆している。

図:ネットワーク構造によるダメージの波及の違い
図:ネットワーク構造によるダメージの波及の違い
図:地域に与えたダメージの波及の違い
図:地域に与えたダメージの波及の違い