ノンテクニカルサマリー

日本版意図的育成による中学校教育への適応不平等

執筆者 松岡 亮二 (早稲田大学)
研究プロジェクト 医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析」プロジェクト

中学生の努力格差・学校適応格差・進学期待格差

誰が中学校の勉強に打ち込むのか、誰が学校でうまくやっていくのか、誰が学力競争にこだわってその先の高い学歴達成に目を向けているのか――誰が中学校教育や学歴獲得競争に親和的で有利なのか――同じ制服を着ていても中学1年生の間にはすでに格差が存在している。厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」の個表データを用いて作成した表1を見て欲しい。

表1:中学校教育適応格差
親大卒者数 学習時間(週) 学校適応指標 大学進学期待
0 8.3 10.3 22.5%
1 9.6 10.7 40.8%
2 11.0 11.2 60.0%
0=両親非大卒, 1=一人大卒, 2=両親大卒
  • 学習時間(週):平日と休日についてのそれぞれの生徒回答を用いた1週間あたりの学校外学習時間。学習塾の時間を含む(分析では通塾の有無をコントロールしている)。
  • 学校適応指標:「教師との関係はうまくいっている」「ためになると思える授業がたくさんある」「楽しいと思える授業がたくさんある」「学校の勉強は将来役立つと思う」「授業の内容をよく理解できている」の5項目に対する4点尺度回答を0(まったくそう思わない)から3(とてもそう思う)にコーディングした上での合算値。
  • 大学進学期待:進路についての6つの選択肢のうち、「大学卒業後に働くことを考えている」を選んだ生徒を1、それ以外の生徒(他の学校段階や「具体的にはまだ考えていない」)を0とした。よって、大学進学・卒業を具体的に想定しているか否かを示す。

保護者(以下、親)の大卒者数で3グループに分けると、「誰」が中学校教育に対して親和性が高いか、親の学歴による差が確認できる。両親が短大を含む大卒だと、授業外学習時間が長く、学校に適応し、将来働き始めるのは大学卒業後だと考える傾向にある――中学校1年生の時点で学習時間、学校適応、大学進学期待に格差があるのだ。特に大学進学期待の差はわかりやすい。両親大卒だと60%の生徒が大学に進学して卒業することを具体的な将来像としている。一方、両親非大卒だと22.5%に過ぎない。これらの差は世帯収入などをコントロールしても確認できる。

ただ、親の学歴や収入によって子の学校教育に対する親和性が異なることは既に先行研究が明らかにしてきた。今回の論文で答えることができるのは、そのもう一歩先だ。なぜ、どのように、中学1年生の時点で目に見えない格差が生じているのか。そのメカニズムの1つは、親の教育戦略による子の経験蓄積格差と考えられる。

親の学歴による教育戦略格差

同じ子を対象として毎年実施されている厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」のデータを使うと、両親大卒層が小学校低学年段階で塾と習い事を利用し、テレビやゲームなどのメディア時間を抑制し、多様な文化体験をさせている傾向が確認できる。一方、4年生からは習い事と文化経験を減少させている(詳しくは論文参照)。学校の成績とは直接関係のない多様な教育機会を低学年のうちは重視しつつも、学年が上がるにつれ、日本の教育制度内で高い評価を受けるために教育戦略を変容させていることがうかがえる。

この戦略変容によって、高学年では親学歴による習い事・文化経験格差は縮小する。しかし、両親大卒層はそもそも早い段階から習い事と文化体験――多様な経験を子に与えている。これは、小学校6年生の時点や「小学校のときに」といった問い方で調べると、親学歴による格差が過小評価されてしまうことを意味する。両親大卒層は子の成長に合わせて多様な経験から学習に焦点を移しているのに、格差の最も小さい時点だけを見て、日本では誰もが何らかの習い事や文化経験をしている、と結論付けてしまうことになる。

経験蓄積格差

では、より実態に近い格差はどの程度存在するのだろうか。表2で小学校3年生から6年生までの4時点のデータで蓄積された経験格差を確認できる。親学歴別にみると、両親大卒層は非大卒層と比べると小学校最後の4年間で通塾経験、習い事、文化経験を多く蓄積し、メディア時間の蓄積は少ない。学習塾と習い事の時間数や内容はわからないが年間を通した経験量は無視できない差だ。メディア時間は週あたりの時間数の4年分なので両親大卒層と非大卒層の差である27時間を単純に年間52週にかけると約1400時間の差になる。なお、本研究の目的の1つは大卒層の子育て戦略の変容を捉えることにあるので、焦点移行の直前期と考えられる小学校3年生からのデータで検討したが、未就学段階から考慮すると、両親大卒層は早めに投資行動を始めるので親学歴による経験蓄積格差はもっと大きい

表2:中学校1年生時点での経験蓄積格差(小学校3年から6年:4時点の合算値)
親大卒者数 学習塾(通塾年数) 習い事(種類数) メディア時間(週) 文化体験(回数)
0 0.88 4.77 99.0 11.0
1 1.15 6.03 88.3 12.8
2 1.48 6.98 72.5 14.3
0=両親非大卒, 1=一人大卒, 2=両親大卒

この蓄積した経験量は、表1の中学校教育への適応指標と関連している(通塾経験と学校適応の関連を除く。また、あくまで一時点の分析による関連であり、因果関係を確定するものではない)。即ち、通塾、習い事、文化活動の経験蓄積があると親学歴、世帯収入、中学1年生時点の通塾状況などをコントロールしても、学習時間は長く、大学進学期待を持つ傾向にある。習い事と文化活動の経験蓄積量が大きいと学校適応――中学校教育との親和性も高い(詳細は論文を参照)。また、メディア時間の蓄積が多いと、学習時間は短く、学校適応指標は低く、大学進学期待を持たない傾向となる。

表3:小学校時代の経験蓄積と中学校教育適応の関係
体験蓄積種類 学習時間(週) 学校適応指標 大学進学期待
通塾
習い事
メディア時間
文化活動

目に見えない不平等と向き合う

先行研究に基づいた分析結果は、時に個性として理解される行動・態度・志向の背景には(部分的に)親学歴によって異なる経験蓄積格差があることを示唆している。小学校の外で教育経験を蓄積することで学習・学校・進学に対する親和性を内在化した学歴獲得競争に有利な生徒がいる。一方、そのような機会にあまり恵まれないまま不利な競争に参加している生徒がいる。

では、政策的には何ができるだろうか。まず、中学1年生の時点で目には見えない大きな学校外学習・文化経験量格差が存在し、中学校教育への適応と関連している――学校外教育機会格差による教育不平等の存在を行政や教育関係者が理解する必要がある(現在は家庭環境による学力格差や学校適応格差など教育における社会的影響を一切教職課程で学ばないまま教員免許を取得することができる)。その上で、機会格差是正のために、一定の層に追加的教育機会を無償付与することが考えられる。さらには、経験蓄積をする機会のなかった生徒が多い学校の状況に合わせて必要な教育プログラムを追加で実施すること、また、そのために教員加配を行うなど、行政・教育関係者にできることは多い。