ノンテクニカルサマリー

スカイプ英会話学習が高校生の意識と英語コミュニケーション力にあたえる影響についてのフィールド実験を用いた分析

執筆者 樋口 裕城 (名古屋市立大学)/佐々木 みゆき (名古屋市立大学)/中室 牧子 (慶應大学)
研究プロジェクト 医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析」プロジェクト

教育の質が重要であるということは今日では広く認識されているが、どのようにすれば質の高い教育を提供できるのか、言い換えれば、どのような教育方法が効果的であるのかということについての定量的なエビデンスは限られている。とりわけ日本では、その効果もよくわからないままに、ゆとり教育が導入され、撤回されたという経緯がある。どのような教育方法が効果的であるかを調べるために、ランダム化比較対照実験が強力なツールであるということが、経済学者にとって一般的な理解となりつつある。ランダム化比較対照実験とは、医療における治験と同じ要領で、ある教育方法を実施するグループとそうでないグループとをランダムに選び、両グループを比較することによってその方法の効果を調べる方法である。しかしながら、教育の現場においては学生間での平等性の担保が重視されるため、こうした実験は実施しにくいという現状がある。

本研究では、中部地域の進学校である高等学校の協力のもと、スカイプ英会話学習プログラムの効果を調べるためのランダム化比較対照実験を実施した。英語を研究対象として選定した背景には、国際的に高い読解力・数学・科学のレベルと比較して、日本の学生(のみならず日本人一般)の英語力が高くない現状がある。実際に、全国の高校を対象として2014年に文部科学省によって実施された英語の学力試験において、日本の高校3年生の英語力は国際的に低いレベルで、とりわけ話す力が低いことが明らかとなった。したがって、本研究では、話す力を中心とした英語のコミュニケーション能力を高めることを目的とした英会話学習プログラムの効果を調べる。

実験協力校においては、1年生322名は学科などで区分されずに、入学後にランダムに8クラスに振り分けられた。こうしたクラス分けのルールを利用して、8クラスのうちの4クラスの学生にのみ、2015年7月から11月の5カ月間にかけてスカイプ英会話学習プログラムを提供した。プログラム終了後の2015年12月の時点において、4クラスの学生はプログラムを受講したが(処置群)、残りの4クラスの学生は受講していない(対象群)という状況を利用して、両群の学生を比較することでプログラムの効果を測定した。ただし、事後的な平等性を担保するために、残りの4クラスの学生にも2016年1月から5月にかけて同じプログラムを提供したため、結果的には全ての学生が5カ月間のプログラムを提供されている。

2015年12月の時点で収集したデータを分析した結果、処置群の学生へのプログラム導入によって、国際的な職業への興味や国際情勢への関心といった国際指向性のスコアが有意に向上したことが明らかとなった。こうした学生の態度の向上が長期的な英語コミュニケーション力の向上につながることが、応用言語学の専門家の間では知られている。しかしながら、プログラムの導入によって、すぐさま英語コミュニケーションテストの点数が向上したという証拠は得られなかった。これは、5カ月間のプログラム導入期間の間に、英会話プログラム受講の対象となった160名の学生のうち、既定の回数以上のレッスンを受けたのはわずか10名(6%)にすぎなかったことを反映していると考えられる。図に示した通り、プログラム導入直後は比較的受講率が高かったが、徐々に受講率が下がっていき、最終的には推奨された回数のレッスンをこなした学生数はわずかであるという結果になった。プログラム利用データの統計的な分析の結果、レッスン受講率は、とりわけ先送り傾向を持つ学生の間で低かったということも明らかとなった。

まとめると、スカイプ英会話プログラムによって学生の態度に変化がみられ、その結果として長期的に英語コミュニケーション力が向上する可能性があることが示唆された。こうした結果は、英語教育におけるICTの利活用の有効性を示唆している。その一方で、受講率が低いという問題も提起されたため、どのように利活用を促すか、とりわけ先送り傾向のある学生の利活用をどうやって促すか、といったことが教育へのICT導入時の大きな課題となることも明らかとなった。

本研究においては、実験協力校の存在によってランダム化比較対照実験を用いて、スカイプを利用した新たな学習プログラムの効果を調べることが可能となった。また、研究の結果、その導入にかかる課題についても明らかとなった。こうした研究の積み重ねにより、日本における効果的な教育方法とその効果的な導入方法についての理解が進むと考えられる。地道ではあるが、実験的な手法を用いてのエビデンスの蓄積は、日本の将来を担う世代の教育の質の向上に貢献することが強く期待されよう。

図:スカイプ英会話レッスン受講者数の日次変化
図:スカイプ英会話レッスン受講者数の日次変化