ノンテクニカルサマリー

輸出企業は外生的ショックにどのように対応するのか:日本の企業レベルデータを用いた分析

執筆者 田中 鮎夢 (リサーチアソシエイト)/伊藤 萬里 (リサーチアソシエイト)/若杉 隆平 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 中国市場と貿易政策に関する実証的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「中国市場と貿易政策に関する実証的研究」プロジェクト

1. チャイナ・リスク

中国は市場としても生産拠点としても、日本企業にとって重要である。また、中国は輸出入額で全体の2割を占める最大の貿易相手国であり、その経済的な結び付きは強まっている。その一方で、たとえば、2012年9月の尖閣国有化に伴う日本との貿易における通関の厳格化や2010年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件に伴うレアアース禁輸など、中国政府の予期せぬ突然の政策変更が、日本経済・日本企業に及ぼす影響は、チャイナ・リスクとして盛んに報道されてきた。こうした中国での急激な市場環境の変化は、日本企業の国内の事業活動や雇用にも影響を与えるものと考えられるが、企業レベルデータによって、その影響を検証した研究は、これまで十分に行われてこなかった。

本研究は、2012年9月の尖閣国有化に伴い、中国向け輸出が急減した事例を用いて、日本企業が外生的なショックにいかに対応するのかを企業レベルデータにより分析したものである。

2. 外生的な政治ショックと貿易

外国市場における外生的な需要ショックが貿易に与える影響に関する実証研究は近年増加している。たとえば、イラク戦争に反対したフランス産品のアメリカでの不買運動を研究したものや、風刺漫画を契機としたデンマーク産品のイスラム諸国での不買運動を研究したものがある。外国市場のショックを企業は国内市場などで吸収できるのかについても理論的・実証的に研究が近年なされているが、結論は出ていない。加えて、外国市場のショックが雇用に及ぼす影響は未解明である。

3. 尖閣国有化後の中国向け輸出の変化

図1に示すように、尖閣諸島国有化の行われた2012年の中国向け輸出は前年に比べ、10%以上減った。我々が分析に用いた『企業活動基本調査』(経済産業省)が対象とする日本の製造業企業は、対中輸出を1550億円減らした。その特徴として、特に企業内輸出ではなく市場を通じた輸出の減少が大きいこと、また、前年から輸出を続けている既存の輸出企業が輸出額を減らしたことによる影響が大きいことが指摘される。中国向けの輸出が急減したことを受けて、日本企業の中国以外への輸出は増えているが、中国向けの輸出の減少分を相殺できるほど増えてはいなかった。

図1:日本からの総輸出額の推移 (2009—2015、2011=100)
図1:日本からの総輸出額の推移 (2009—2015、2011=100)
出所:財務省貿易統計より筆者らが作成。

4. 尖閣国有化後の国内雇用の変化

尖閣国有化後の中国向け輸出の急減が日本国内の雇用に及ぼした影響を明らかにするため、尖閣国有化前に中国に輸出していた企業と中国には輸出していなかった企業の雇用の変化を比較した。図2に示すように、中国向けに輸出を行っていた企業はそうではない企業に比べて、非正規雇用を減らしたことが明らかになった。さらに、因果関係を特定化する「差の差推定法」と呼ばれる手法で分析すると、中国向けに輸出を行っていた企業は、正規雇用よりも非正規雇用を削減することによって雇用調整を行ったことが明らかになった。

図2:非正規雇用者数の推移 (2011—2013、2011=100)
図2:非正規雇用者数の推移 (2011—2013、2011=100)
出所:『企業活動基本調査』(経済産業省)より筆者らが作成。
注:実線は「中国向け輸出企業」、破線は「中国向け非輸出企業」を示す。「中国向け輸出企業」は2011年時点で中国へ輸出を行っていた企業、「中国向け非輸出企業」は2011年時点で中国へ輸出を行っていなかった企業を意味する。

5. まとめと政策含意

尖閣国有化後の不買運動に伴う需要ショックにより、日本企業の対中輸出は急減した。対中輸出減少の一方で、他市場への輸出は堅調に増加したが、ショックを和らげるほどの効果はなかった。さらに興味深いことに、中国市場のショックは日本企業の国内の雇用にも負の影響をもつことが明らかになった。特に、非正規雇用の削減を通じた雇用調整がなされたことが特筆される。中国市場の急激な減速などのリスクが懸念される中、外生的な海外市場のショックにより非正規労働者が影響を受けやすいことを踏まえ、非正規労働者に対するセーフティネットなど政策支援のあり方を検討することが求められる。