ノンテクニカルサマリー

関税、垂直寡占、市場構造

執筆者 荒 知宏 (福島大学)/Arghya GHOSH (University of New South Wales)
研究プロジェクト 貿易費用の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「電力システム改革における市場と政策の研究」プロジェクト

近年は貿易を通じた生産工程の分業化が顕著になってきている。これは各国がある生産工程の一部に特化し、そこで作られた中間財を輸出して最終財を作るという垂直特化が進んでいるためで、特に中国企業による加工貿易の役割が大きいといわれる。この加工貿易の特徴は、非熟練技術を用いる同質的な中間財が大きな割合を占め、自国企業が外国企業と提携し契約を結ぶ直接的な取引よりは、自国企業が外国市場を通じて外国企業から購入する間接的な取引が多いことである。では、垂直特化の下で自国企業と外国企業が市場取引を通じて中間財貿易をする際に、自国政府の貿易政策はどうあるべきか。

本論文では、中間財を作り輸出する外国市場と、その中間財を輸入し最終財を作る自国市場の相対的な市場の厚みに注目して、この厚みが外生的に与えられている短期的状況と、内生的に決まる長期的状況において、関税の政策的含意が大きく異なることを導出した。そこで大切なことは各国の市場において企業数が限られた寡占的状況にあり、外延 (extensive margin) と内延 (intensive margin) を区別することである。自国市場での最終財の総生産量をQ、自国企業の数をm、各企業の生産量をqで表し、外国市場での中間財の総生産量をX、外国企業の数をn、各企業の生産量をxで表すと、以下のような関係が得られる。

Q=mq、X=nx

この関係において、外延は企業数のmまたはn、内延は各企業の生産量qまたはxを指す。短期的状況においては企業数が固定されているので、貿易政策によって内延のみが反応する。一方、長期的状況においては企業数が変動するので、貿易政策によって内延だけでなく外延も反応する。この市場構造の違いから、垂直特化の下での関税の政策的含意が異なってくるのである。

まず企業数が固定されている短期的状況から考える。自国政府が外国の中間財に関税を課す場合、自国は交易条件の改善というプラスの効果を得るが、外国からの中間財輸入が減り自国での各企業の生産量(内延)が減るというマイナスの効果も得る。この2つの相反する効果の相対的な大きさは前述の市場の厚みに影響を受ける。自国市場において企業数が十分に大きく完全競争的であるならば、関税を課すことの利益は外国を犠牲にして自国の交易条件を改善させる可能性に限られ、中間財輸入に対してプラスの関税を課すことが望ましくなる。

一方、外国市場において企業数が十分に大きく完全競争的であるならば、自国市場はm企業のいる寡占市場と同じであり、価格と限界費用の差を縮めるために中間財輸入に対してマイナスの関税を課すことが望ましくなる。これらから、最適関税がプラスならば図1にあるように、外国市場に対して自国市場の方が相対的に厚くなり、n/mの比率が小さくなるほど、関税による交易条件の改善の方が内延の減少よりも大きくなるので、最適関税tは高くなるという理論予測が得られる。この分析からの政策的含意は、企業の参入が起こりにくく安定している市場であれば、この市場で企業数が多く競争的なほど、自国政府は外国市場からの輸入に対して高い関税を課すべきということである。

図1
図1

次に企業数が変動する長期的状況を考える。この場合、関税を課すことによって中間財の輸入量が制限されることから最終財の総生産量が減少するだけでなく、それに伴って企業が退出することから外延も減少するため、短期的状況に比べると、関税によって価格が更に上昇する。この外延を通じた追加的な変化により、長期的状況においては短期的状況に比べて、関税による交易条件の改善や内延の減少は起きにくくなる。その結果、最適関税の符号は市場の相対的な厚みではなく、需要の弾力性に依存するようになる。また、長期的状況においては市場の厚みは自由参入によって内生的に決まることに注目すれば、市場参入にかかる固定費用が重要な外生変数になる。以下では自国市場の参入費用が低く自国企業が参入しやすく、相対的に自国市場の方が外国市場よりも厚いとしよう。この場合、自国と外国は垂直特化により補完的に機能しているため、自国市場で企業数が大きくなれば、それだけ外国の中間財に対する需要が大きくなり、外国市場でも企業の数も大きくなる。したがって、自国の参入費用が低くなればなるほど、自国市場だけではなく外国市場も競争的になり、自国政府はより低い関税を課すことが望ましくなる。これらから、最適関税がプラスならば図2にあるように、外国市場に対して自国市場の方が相対的に厚くなり、n/mの比率が小さくなるほど、各国の市場がより競争的になるので、最適関税tは低くなるという理論予測が得られる。この分析からの政策的含意は、企業の参入が容易で流動的な市場であれば、この市場で企業数が大きく競争的なほど、自国政府は外国市場からの輸入に対して低い関税を課すべきということである。

図2
図2

最後に、本論文の分析から得られる実証可能な理論予測について述べる。最初に触れたように、垂直特化の下で貿易されるのは同質的な中間財が多い(特に中国の加工貿易)。このような中間財貿易に対して、自国政府が関税を課すと、総輸入量Xが減少するのは驚くべきことではないが、本モデルが予測するのは、この減少の多くは外国企業の数nの減少によって説明され、各企業の生産量xはそれほど大きく反応しないということである。つまり、同質財の中間財貿易において、内延よりも外延の方が重要な役割を演じているということである。さらに、垂直特化の補完性により、関税によって外国企業が退出すれば、中間財の入手が難しくなるために自国企業の退出も同時に起こる。言い換えれば、関税によって中間財の総生産量Xだけでなく最終財の総生産量Qも減少するが、その多くは自国企業の数mの減少によって説明され、各企業の生産量qはそれほど大きく反応しない。垂直特化に関するこの2つの理論予測、すなわち(1)同質財の中間財貿易における外延の大きな役割、(2)自国企業と外国企業の外延の同時並行な動きは、外延も内延もデータとして観察できるため、実証的にテストをすることが可能である。将来的には日中間の垂直特化の関係に着目して、これら2つの理論予測を日中企業のデータを活用して、理論と実証の整合性を検証し、本論文の政策的含意の有効性を高めていく予定である