ノンテクニカルサマリー

ネットワーク構築における企業の異質性の役割-ベトナムの中小企業の事例-

執筆者 星野 匡郎 (東京理科大学)/嶋本 大地 (早稲田大学)/戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業の国際・国内ネットワークに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業の国際・国内ネットワークに関する研究」プロジェクト

企業経営にとって、市場の動向、新たな生産技術の展開、新規参入・退出企業の存在といった「情報」を収集することが極めて重要であることはいうまでもない。特に、独自の情報収集能力に限界のある中小零細企業にとっては、他の企業と「ネットワーク」を構築し連携することで、より効率的に情報を得ることができるだろう。ここで、企業間ネットワークの構築について、2つの観点がある。第1に、自身と同じような規模や環境を有する企業とネットワークを結ぶことで、お互いに共有する問題について素早く情報を交換し合うことが可能である。このように、自らと同様の特徴を有する相手と連携する傾向を同類性(homophily)という。第2に、あえて自身と異なる環境を有する企業と情報交換することで、自らの環境からではアクセスしにくいような、目新しい情報を積極的に求めていくことも考えられる。このような同類性とは逆向きの傾向を異類性(heterophily)という。

これまで、ネットワーク科学の分野では、異類性の高いネットワークを構築することがしばしば有用であることが指摘されてきた。一方、近年計量経済学においても企業や個人間のネットワーク形成の要因分析が注目されているが、それらの多くの実証研究では同類性が主な要因であると結論されている。このように、ネットワーク科学における指摘とこれまでの計量経済学の実証結果の間には溝があるが、本研究ではこの事実を「全体的な傾向としては同類的なネットワークが形成されるが、それぞれのペアにおける同類性の程度は異なり、場合によっては異類性が支配的となるペアも存在する」と解釈する。本研究の目的は、この解釈の妥当性を統計的に検証することにある。

本研究では、ベトナムの衣料産業における中小企業のデータを利用する。対象地域において、衣料関連の中小企業は村ごとのクラスターを形成している。そこで、各企業に対して同一村内の他企業との情報共有・交換のネットワークの有無を独自にインタビュー調査した。以上のデータに対して、各企業ペアにおける企業属性(規模、企業年数、男女比など)の差異がネットワーク形成に与える影響を統計的に分析する。特に、本研究では企業属性の差異に対する選好が異なる値で分布することを許容する「ランダム係数モデル」を適用することで、各企業ペアの同類性・異類性の程度を推定する。

下の図は推定された企業属性の差異に対する選好の分布を表している。SCALEは企業規模を表す変数(従業員数や下請け業者数を集約した変数)で、AGEは企業の年齢(創業年数や経営者の年齢を集約した変数)である。灰色の曲線は選好の分布に正規分布を仮定したモデルの結果を、また、黒色の曲線は正規分布の仮定を緩和したモデルの結果を表している。まず、SCALEについては、選好が全体的に負の領域に分布していることから、平均的には、企業規模の差が大きい相手とネットワークを結ぶことを好まない傾向があり、すなわち、同類性が存在することがわかる。ただし、正の領域にも一定割合の企業が属していることも見て取れ、それらの企業については同類性よりもむしろ異類性がネットワーク形成の要因となっている。一方で、AGEについては選好が完全に負の領域に分布しており、全ての企業において企業年齢に関する同類性が存在している。

図

このように、全体としては同類性がネットワーク形成の主な要因であるという、これまでの実証研究と整合的な結果が本研究においても示された。それに加えて、企業規模を含む特定の属性については、あえて異類的なネットワークを好む企業も一定割合存在することが明らかとなった。

一般論として、「多様性」は企業のイノベーション創出の機会を高めるとされている。したがって、企業間ネットワークの形成においても、多様性(異類性)が内生的に確保されるメカニズムが存在するのではないだろうか。 ただし、そのように内生的に決定されるネットワークが必ずしも社会的に最適であるとはいえない。「どのような企業間ネットワークが社会的に望ましいか」は政策的に非常に興味深い問題であるが、それについては今後の研究課題とする。