ノンテクニカルサマリー

要素集約度逆転の再検証

執筆者 清田 耕造 (リサーチアソシエイト)/黒川 義教 (筑波大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析」プロジェクト

問題意識

標準的な国際貿易理論の重要な仮定の1つに、要素集約度 (capital intensity) の逆転がないという仮定がある。これは「ある財が、ある国(地域)においては他の財に比べて相対的に資本集約的であるが、他の国(地域)においては相対的に労働集約的であるような状況はない」とする仮定である。Samuelson (1951) は要素集約度の逆転の実証的な重要性は理論的な興味に比べて低いという見方を示したが、1960年代初頭、Minhas (1962) が要素集約度の逆転は実証的に存在すると主張し、この仮定の現実妥当性について大論争が起こることになった。

Minhas (1962) が発表された後、Fuchs (1963)、Leontief (1964)、Ball (1966)、そしてMoroney (1967) は、Minhas (1962) の分析手法や分析結果の頑健性に問題があることを指摘した。これらの研究は、国際間あるいは地域間において要素集約度の逆転がないことを支持する実証結果を示した。これらの研究結果を踏まえ、要素集約度の逆転の可能性は、その後、過去半世紀に渡って、実証研究では無視されていた。

しかし、近年、Kurokawa (2011) やSampson (2016) の研究で、技能集約度 (skill intensity) の逆転に関する結果が報告されている。ここで、技能集約度の逆転とは「ある財・産業がある国で技能集約的であっても、同じ財・産業が別の国では単純労働集約的になっているという状況」を意味している。しかし、これらの研究が注目しているのは技能集約度であり、資本集約度ではない。このため、これらの研究は1960年代に論争となった、資本集約度において要素集約度の逆転が存在するか否かの問題に直接立ち向かったわけではない。

1960年代と比べると、近年は資本や労働のデータの利用可能性が大きく改善しており、この問題を新しいデータを用いて再検証することは意義のあることだと考えられる。このような問題意識を踏まえ、本論文では、RIETIで整備されている地域レベルの最近のデータ(Regional-Level Japan Industrial Productivity (R-JIP) データベース2014)を用いて、要素集約度の逆転について再検証を試みた(日本の都道府県レベルのデータを用いる利点は、都道府県間で技術が同じという仮定が(国の間で技術が同じという仮定と比べて)妥当であると考えられるためである)。

分析結果と含意

図は、産業と都道府県をそれぞれ資本集約度と資本豊富度によって順番に並べたものである。要素集約度の逆転が存在しない場合、すべての都道府県で同じように、セルが左から右に向かってだんだん色が濃くなっていく。たとえば、すべての都道府県で、輸送用機械産業は紙・パルプ産業よりも資本集約的となる。このため、すべての都道府県において、資本集約度の順位は同じになる。

しかし図を見ると、セルが左から右に向かってだんだん色が濃くなるというパターンは必ずしも観測できず、実際の資本集約度の順位は都道府県間で異なることがわかる。この結果は、要素集約度の逆転の存在を示唆するものである。

論文ではより厳密に順位相関係数と呼ばれる指標を使って都道府県間での要素集約度の逆転の程度を計測した。順位相関係数が小さいほど、逆転の程度が大きいことを意味する。分析の結果、要素集約度の逆転がないという仮定は必ずしも最近のデータでは支持されないことが明らかになった。具体的には、順位相関係数は先行研究で確認されているそれよりも小さく、かつ、過去20年間で徐々に小さくなっていることがわかった。さらに、産業細分類に基づく分析では、順位相関係数は一層小さくなる傾向にあり、要素集約度の逆転が多くあるとすれば、それは産業分類の集計の粗さが原因であるかもしれないという批判を弱める結果となっている。

いわゆる貿易理論は、資本集約的な産業、労働集約的な産業といったように、要素集約度によって産業を定義する。一方、実際の統計で使われている標準的な産業分類は、電気機械産業や輸送用機械産業といったように、使途によって産業を定義する。本論文は、そのように使途で定義された同一産業の要素集約度が都道府県間で逆転し得ることを示し、貿易理論を現実の世界と結び付ける上で、いわゆる標準的な産業分類は必ずしも適切ではないかもしれないことを示唆している。標準的な産業分類にもとづき産業政策を立案・施行していく場合、同じ産業内の都道府県間での要素集約度の違いに注意が必要といえる。

図:都道府県別産業別資本集約度,製造業,2005年
図:都道府県別産業別資本集約度,製造業,2005年
注:各セルは各産業・都道府県の資本集約度を表しており、薄グレー、グレー、濃いグレー、黒色はそれぞれ第1、第2、第3、第4四分位に含まれることを意味している。各産業は資本集約度の低い順に左から右へ、各都道府県は資本豊富度の低い順に上から下へと並べている。
出所;RIETI (2014) R‐JIPデータベース2014.
文献
  • Ball, David S. 1966. "Factor-Intensity Reversals in International Comparison of Factor Costs and Factor Use." Journal of Political Economy, 74(1): 77-80.
  • Fuchs, Victor R. 1963. "Capital-Labor Substitution: A Note." Review of Economics and Statistics, 45(4): 436-38.
  • Kurokawa, Yoshinori. 2011. "Is A Skill Intensity Reversal A Mere Theoretical Curiosum? Evidence from the US and Mexico." Economics Letters, 112(2): 151-54.
  • Leontief, Wassily. 1964. "An International Comparison of Factor Costs and Factor Use: A Review Article." American Economic Review, 54(4): 335-45.
  • Minhas, Bagicha S. 1962. "The Homohypallagic Production Function, Factor-Intensity Reversals, and the Heckscher-Ohlin Theorem." Journal of Political Economy, 70(2): 138-56.
  • Moroney, John R. 1967. "The Strong-Factor-Intensity Hypothesis: A Multisectoral Test." Journal of Political Economy, 75(3): 241-49.
  • Sampson, Thomas. 2016. "Assignment Reversals: Trade, Skill Allocation and Wage Inequality." Journal of Economic Theory, 163: 365-409.
  • Samuelson, Paul A. 1951. "A Comment on Factor Price Equalisation." Review of Economic Studies, 19(2): 121-22.