ノンテクニカルサマリー

メインバンクの変更が中小企業の倒産確率に与える影響に関する実証分析

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「地方創生に向けて地域金融に期待される役割-地域経済での雇用の質向上に貢献するための金融を目指して-」プロジェクト

企業と金融機関との関係(企業―金融機関関係)の継続に焦点を当てた分析は、1990年代中葉以降の銀行論の研究において1つの潮流を形成してきた。とりわけ日本では、金融機関との取引関係のうち、メインバンクとの関係が注目され、企業―メインバンク関係に焦点を当てた研究が蓄積されてきた。

従来の研究では、当該関係に関する分析のうち、メインバンクの変更が顧客企業に与える影響、とりわけ貸出条件や企業業績に与える影響に関する分析がしばしば行われてきた。しかし、企業の倒産に焦点を当て、メインバンクの変更が顧客企業の倒産確率に与える影響について分析した研究は、海外のものを含めてもほとんど存在しない。とりわけ倒産が発生しやすい非上場の若年中小企業を対象とした実証分析は、皆無に等しいのが現状である。このような理由から、本稿では、設立直後の非上場の若い中小企業を分析サンプルとして、メインバンクの変更が当該企業の倒産確率に与える影響について分析した。

本稿では、メインバンクの変更を、変更前から取引関係にある金融機関への変更(「乗換」と呼ぶこととする)と、そうでない金融機関への変更(「新規取引」と呼ぶこととする)とに分けて、そのそれぞれが顧客企業の倒産確率に与える影響について分析した。分析の結果、新規取引のみが倒産確率を上昇させるという結果が得られた。さらに、本稿では、金融機関の合併や統廃合によって新しくできた金融機関への変更もメインバンクの変更とみなす場合(「広義の変更」と呼ぶこととする)と、みなさない場合(「狭義の変更」と呼ぶこととする)とに分けて、そのそれぞれが倒産確率に与える影響についても分析した。

分析の結果、変更前のメインバンクとのリレーションシップが途切れるような変更のみが、顧客企業の倒産確率を上昇させることが判明した。換言すれば、乗換や広義の変更といった、変更後にメインバンクとなる金融機関とのリレーションシップが、変更前から存在すると考えられる場合には、有意な影響は観察されなかった(付図を参照)。さらに、広義の変更から合併や統廃合を行った側の金融機関を除いたケース、すなわち「変更前のメインバンクが合併した側の金融機関である場合にはリレーションシップが継続されるが、合併された側の金融機関である場合には継続されない」とみなしたケースでは、メインバンクの変更は顧客企業の倒産確率を有意に上昇させるという結果が得られた。この結果の背景には、メインバンクの変更により、顧客企業に関する伝達困難なソフト情報が引き継がれない、メインバンクの方針や文化が変更されてしまう、といったことがあると考えられる。

付図:メインバンク変更のタイプが倒産確率に与える影響
付図:メインバンク変更のタイプが倒産確率に与える影響
(注)「中間」の変更は、「狭義」の変更に、合併や統廃合によって吸収された側の金融機関への変更を加えたケースを指す。

また、本稿では、メインバンクの変更が顧客企業の成長に伴う資金制約の緩和を妨げ、その結果、倒産確率が上昇するという示唆も得られた。

本稿の結果は、リレーションシップ貸出に関する先行研究の理論的予想と整合的であり、持続的な企業―メインバンク関係が企業倒産の回避という点においても望ましいことを示している。翻って、既存のリレーションシップが途切れるようなかたちでメインバンクを変更した企業は、変更後に倒産しやすい状況に陥ってしまう。本稿では、このような企業の倒産を回避するための政策的含意も得られた。具体的には、(1)メインバンクの合併や統廃合によって新たなリレーションシップの構築を伴うメインバンクの変更を余儀なくされた企業を注視し、それらの企業の資金制約を緩和できるような政策を立案する、(2)リレーションシップが終了してしまうようなメインバンクの変更は顧客企業の倒産確率を上昇させることを、中小企業の経営者への周知を図る、などが挙げられる。このような施策によって、若い中小企業の倒産を回避することは、当該企業が経済活動の主な担い手となっている地方の雇用維持につながり、ひいては地域経済の発展につながると考えられる。