ノンテクニカルサマリー

中小企業金融支援策の政策効果:一般均衡分析

執筆者 In Hwan JO (シンガポール国立大学)/千賀 達朗 (研究員)
研究プロジェクト 組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間」プロジェクト

中小企業金融支援がマクロ経済に与えるインパクト

中小企業は、大企業と比較して資金調達に課題を抱える先が多く、各国の政策当局がこれまでさまざまな形で中小企業に対する金融支援策を実施してきた。こうした中小企業を対象とする金融支援策は、中小企業の資金繰り改善をもたらす一方で、労働・財市場における価格変化、競争環境の変化などを通じて、支援策の対象外企業にも広く一般的に影響を及ぼす可能性がある。本稿では、中小企業金融支援策の効果を包括的に定量化する一般均衡モデルを構築して、政策の対象となる中小企業に与える直接的な影響だけでなく、一般均衡による価格変化を通じた非直接的な影響にも着目して、経済全体へ与える影響を定量化した。

表1:部分均衡、一般均衡における政策効果の比較
表1:部分均衡、一般均衡における政策効果の比較

具体的には、担保不足によって資本および生産が過少となっている中小企業への金融支援(起業後5年まで)の効果を分析した。分析結果は以下の通りである(表1)。中小企業向け金融支援は、(1)中小企業の過小資本が解消され、生産が増大し、生産性が向上(ミスアロケーションの解消)。(2)政策支援を受けた中小企業による労働需要の増大が賃金増を招き、大企業の生産が減少。(3)労働市場の逼迫によって、生産性の低い既存企業の退出が増加するとともに、生産性の低い企業の新規参入が減少し、企業の平均的な生産性が上昇(クレンジング効果)。(4)他方、収穫逓減のもとでは、企業数の減少が、経済全体の生産性を低下させることが起こることがわかった。政策効果のうち、(1)は意図する効果で政策の主眼であるほか、部分均衡分析においても生じる効果である。他方、(2)、(3)および(4)は、一般均衡による価格変化を通じた効果(ここでは賃金上昇)であり、部分均衡分析では生じない効果の相応なインパクトを示している。

政策への含意

本稿では、中小企業政策のマクロ経済への効果を計るには、(a) 一般均衡による価格変化を考慮すること、(b) モデルとデータがミクロレベル(企業あるいは事業所レベル)で整合性であること、これら2点が重要であることを示している。すなわち、意図する直接的な効果だけでなく、その後価格変化を通じて生じる副次的政策効果((2)、(3)および(4))を把握する必要があり、これらが定量的に大きくなる場合は、(1)の意図する政策効果が打ち消され得る。この点、表1右下図は、賃金変動を考慮しない部分均衡分析では、政策効果が一般均衡と比較して非常に大きくなり、ミスリーディングであることを示している。

また、本稿で用いたモデルは、生産性が異なる多数の企業による完全競争で、企業の参入と退出、担保に応じた借入制約が含まれているが、モデルはデータと整合的な企業規模ならびに企業年齢の分布(クロスセクション)を再現している(表2)。本稿では、仮にモデルがデータと整合的でないケースとして、中小企業が占める企業数が10%少ないモデルで政策効果の計測をしたが、経済全体の生産性上昇幅が半減することがわかった。

表2:企業分布(規模、年齢)
表2:企業分布(規模、年齢)

我が国の中小企業は、企業数では99%、雇用者数では70%を占め、中小企業支援策は経済全体の成長戦略にとっても重要である。本稿の分析結果は、中小企業支援策の立案には、政策対象外の企業に与える意図せざる影響を把握する重要性を示唆するものである。