ノンテクニカルサマリー

為替レートがFTAの利用率に与える影響:原産地規則の視点から

執筆者 早川 和伸 (アジア経済研究所)/Han-Sung KIM (Ajou University)/吉見 太洋 (南山大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

本研究は、為替レートが自由貿易協定(Free Trade Agreement, FTA)利用率に与える影響について、理論と実証の両面から分析を試みるものである。FTA利用率とは、FTAメンバー国同士の特恵税率適用品目の総貿易額のうち、実際に特恵税率を利用して貿易された額が占める割合を表す。FTAが結ばれたとしても、原産地規則を満たすことが出来ない場合や、仮に満たすことが出来ても、原産地証明の発効に関わる事務手続きの煩雑さが敬遠される場合、FTA域内の企業は特恵税率でなく、最恵国待遇(Most Favored Nation, MFN)税率などの通常の関税率を選択することがある。したがって、FTA利用率は100%を下回ることが一般的である。たとえば本研究で分析対象とする2007年から2011年のASEAN-韓国FTA(AKFTA)利用に注目をすると、FTA利用率の平均値は約26.7%であり、むしろ特恵税率を利用しない取引額の方が大きくなっている(図参照)。FTAが発行されたとしても、使われなければ意味がない。このことを踏まえて、近年多くの利用率に関する分析が進められている。

本研究の主たる目的は、為替レートの変動がこのFTA利用率にどういった影響を与えるかを明らかにすることである。いくつかの既存研究でもFTA利用率の決定要因が分析されているが、為替レートの影響に着目する試みは本研究が初である。その影響経路を理解するためにはまず、原産地規則がどのように設計されているかを見る必要がある。原産地規則にはさまざまな種類があるが、中でも本研究の分析対象とするAKFTAにおいて最も重要なものが、付加価値(Regional Value Content, RVC)基準と呼ばれるものである。RVC基準では、特恵税率を利用する上で輸出企業が十分な付加価値を生産していることが求められる。この「十分な付加価値」を計測するための指標が「付加価値率」と呼ばれるもので、AKFTAにおいては「付加価値率=(輸出国通貨建て輸出価格-非原産材料にかかる輸出国通貨建て総費用)/輸出国通貨建て輸出価格」として計算される。この計算方式は控除方式(Build-down Method)と呼ばれるものであるが、FTAによってどのような計算方式が用いられるかは異なっている。以下1つの例を挙げてRVC基準について解説する。

我々の分析対象は、韓国のASEANからの輸入におけるAKFTA利用率である。たとえば、RVC基準における付加価値の割合が40%以上と定められているとする。ここで、あるASEAN企業が韓国に輸出する製品の単価に対して、70%の額の中間財がAKFTAのメンバー以外からの輸入で調達されているとしよう。この時、上記の計算方式に基づいて、付加価値率は30%と計算される。RVC基準が40%以上の付加価値率を求めていることから、当該ASEAN企業はこの対韓国輸出においてAKFTAの特恵税率を利用することは出来ない。これがRVC基準である。為替レートは、輸出国通貨建て輸出価格を変化させることで付加価値率に影響を与え、FTA利用率に影響を与えると考えられる。より具体的には、輸出国であるASEANの通貨が輸入国である韓国ウォンに対して減価(増価)すれば、ASEAN通貨建て輸出価格は上昇(低下)し、付加価値率も上昇(下落)すると予想される。したがって、ASEANの通貨の韓国ウォンに対する減価(増価)はAKFTA利用率を上昇(低下)させると考えられる。

本研究では以上のような理論的示唆を、韓国のASEANからの製品レベル(HS9桁レベル)輸入データを用いて検証している。我々の実証分析では、上記のような為替レートがFTA利用率に与える影響は頑健に支持される。つまり、少なくともAKFTAにおいては、為替レートの変化が特恵税率の利用に対して有意な影響を与えていることが明らかになる。また、こうした影響は輸出の価格弾力性が大きく、マークアップが小さいような品目でより顕著に見られることも観察される。この分析結果も、AKFTAにおける付加価値率の定義から理論的に示唆される。先に触れた通り、FTAによって付加価値率の計算方法はまちまちであり、本研究は企業が安定的に特恵税率を利用していけるための原産地規則の制度設計につながる。今後は本研究の成果を踏まえながら、為替レートとFTA利用率の関係がどの程度RVC基準等の制度設計に依存するものかを検証し、さらに議論を深めていきたいと考えている。

図:韓国の輸入におけるAKFTA利用率の変遷
図:韓国の輸入におけるAKFTA利用率の変遷
データ出所)Korea Customs and Trade Data Institute (KCTDI)