ノンテクニカルサマリー

移民や海外直接投資のネットワークは海外からの知的財産収入を増やすか?

執筆者 友原 章典 (リサーチアソシエイト)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

本稿では、国際的な人の移動(ここでは、主として先進国間での人の移動の意味で使う)や海外直接投資のような国際的な人とお金の移動と貿易の関係について、特に、国際的な人の移動や海外直接投資のネットワーク効果が海外からの知的財産収入を増やすかについて考えていく。ネットワーク効果というと難しそうだが、たとえば、国際的な人の移動が増えることで日本と世界各国がつながって、貿易が増えるかということである。同じように、日本企業が海外で活動することによって、日本と世界各国がつながって、貿易が増えるかということを見ていくわけだ。

知的財産貿易の重要性が増してきた背景には、国際収支の構造的転換が挙げられる。いくつかの先進国は貿易赤字に悩まされているが、サービス収支は黒字になっている。たとえば、アメリカは、知的財産からの受取りがサービス収支黒字の主要な要因となっている。また、知的財産の取引規模は大きなものである。2013年における世界的な知的財産収入は金融、サービス貿易の水準とほぼ同じである。さらに、アメリカの知的財産収入は、自動車産業輸出とほぼ同額になっている。こうしたことからも、知的財産貿易の重要性が見て取れる。このため、知的財産輸出の拡大は、産業が成熟した国の持続可能な成長に役立つと期待されている。日本政府も知的財産輸出の促進に力を入れている。

このように、知的財産の輸出、国際的な人の移動並びに海外直接投資は、高齢化が進む国々における成長のため、重要な政策分野として位置づけられている。しかし、こうした問題は、個々に議論される傾向にあった。本稿では、国際的な人の移動や海外直接投資と貿易の相互作用に関して包括的な分析を行なった研究結果を見ながら、政策的含意について考えていく。

下の図は、国際的な人の移動と知的財産収入の推移について描かれたものである。青の線が知的財産収入、赤の線が日本における外国人の数、緑の線が海外に在住する日本人の数を表している。この図から、グローバル化を反映して、3つの線とも右上がりの傾向というだけではなく、日本への国際的な人の移動と知的財産貿易の間には、なんらかの関係があるのではないかということが見て取れる。

図:国際的な人の移動と知的財産収入
図:国際的な人の移動と知的財産収入

知的財産収入が世界2位の日本の知的財産貿易と1位であるアメリカの知的財産貿易の2つを分析した結果、知的財産収入は日本への国際的な人の移動(日本に住む外国人)の増加とともに増える傾向が示されている。たとえば、日本に住む外国人が1%増加すると、日本における知的財産収入は8300万ドルから1億7700万ドル増えると試算される。同様の結果は、アメリカについても当てはまっている。アメリカに住む移民が1%増加すると、知的財産収入が3億100万ドル増加すると試算されている。ただし、国外への人の移動や直接投資流入・流出によるネットワーク効果については、必ずしも普遍的な結果が見られていない。

国によって異なる結果が見られる理由として、知的財産貿易の異なる発展段階が考えられる。つまり、早くから知的財産貿易で黒字を計上しているアメリカは成熟段階にあるのに対し、2003年以降知的財産貿易が黒字転換した日本は、知的財産貿易知的財産貿易において未成熟段階にあると考えられるからだ。こうした発展段階の違いは、ネットワーク効果の程度の違いにも表れている。たとえば、日本で外国人が1%増えると知的財産収入が1.7%から3.7%増えるが、アメリカでは移民が1%増えると知的財産収入が0.3%増えるにとどまる。同様の傾向が国内からの国際的な人の移動などにも見られる。ネットワーク効果は、外国人の在住期間や海外直接投資の歴史が長くなるほど弱くなる可能性が考えられる。

最後に、政策的含意についても触れておこう。日本の分析に使用された国際的な人の移動のデータは、3カ月のような短い期間の滞在である在住者を含んでいる。こうした短期間の在住者を含む国際的な人の移動の分析は非常に意義があると考えられる。なぜなら、多くの先進国が外国人労働者に頼りつつも、長期に滞在する外国人の受け入れに対しては根強い反感があるのも事実だからである。しかし、この分析では、永住者だけでなく、短期の国際的な人の移動でも知的財産輸出を促進する可能性を示している。もしそうであれば、短期的に外国人を受け入れることは、持続可能な経済成長にとって1つの方策であるかもしれない。

もちろん、外国人の受け入れは非常に敏感な問題である。本稿は外国人の受け入れを推奨するものでも、否定するものでもない。外国人の受け入れには文化維持や治安など様々な観点があるので、そうした問題と合わせて総合的に議論し判断していくことが必要である。