ノンテクニカルサマリー

経済の発展・成長段階における資本移動と都市・地域の生産性 ―異なる2つの空間ソーティング

執筆者 Rikard FORSLID (ストックホルム大学)/大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 貿易費用の分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「貿易費用の分析」プロジェクト

今日、東京への一極集中と地方の過疎化と空洞化が、非常に大きな問題となっており、地方創生や地方分権といった政策が注目されている。国土の均衡ある発展や都市部の集中是正については、これを解決すべく戦後さまざまな産業政策や地域政策が行われてきた。諸外国に目を転じると、都市部では人口や産業が集積しており平均生産性が高いことが知られているが、インドやいくつかの発展途上国では地方や小規模都市で生産性がむしろ高く、首都や大都市で逆に低いことが観測されている。また、中国では大都市への極端な集中を避けるため、農村部からの労働移動を制限しているが、これが、地域間格差の拡大をもたらしている。したがって、長期的な視点や経済の発展段階に注目すると、今まで空間経済学が示してきたモデルとは少々異なる可能性があることがわかる。

今まで都市部に生産性の高い企業が集中するようないわゆる「空間セレクション」が理論的に提示されてきている。しかし、実際には多種多様で、大都市部に産業が高度に集中してしまうケース、生産性が都市部で高く地方で低いケース、地方で生産性が高く、大都市部で低迷するようなケースとさまざまである。近年開発された企業の異質性を考慮した空間経済のモデル(たとえば、Baldwin and Okubo, 2006やOkubo, Picard and Thisse, 2010)では企業数のみならず生産性の側面でも分析するのであるが、これらの理論分析で十分カバーできていなかったのは労働移動である。特に工業労働者ないしは人的資本の地域間移動である。

本研究ではこうした状況を分析した。企業の異質性を考慮した空間経済のモデルでは一番単純なFootloose capital model (FCモデル)を用いたが、これは資本(企業)のみが移動し、労働移動はない。しかし、本論文ではForslid and Ottaviano (2002)やForslid (1999)が提唱したFootloose entrepreneur model (FEモデル)を用いた。これにより、輸送費の低減とともに資本とともに起業家が動くようなモデルになり、人的資本あるいは工業労働者の地域間移動を明確に示すことができるようになった。本論文が示したように、2つの均衡パスの存在が明らかになった。輸送費が徐々に低減していく際に、(1)初期から労働移動を自由にした場合、生産性の低い企業が都市部に集中してくる。やがて、一極集中が起こる。あるいは、(2)初期に労働移動を制限した場合、生産性の高い企業が都市部に集中していく。(1)の場合、平均生産性は地方と比べると都市部で常に相対的に低く、(2)の場合、平均生産性は都心部で高い。

これを大まかに実際の状況に当てはめると、(1)のケースは日本の経済発展に近いと考えられる。日本では資本主義の初期段階から鉄道が高度に発達しており(図1)、人々の移動も自由であった。比較的早い時期、1920年代前後ぐらいから東京や大阪といった都市部への人口と産業の集中が顕著になった。しかし、集積が進むものの都心部では必ずしも生産性は高くなく、平均的な企業規模も小さかった。一方、地方ではこの時期、優良な企業が残っており、たとえば、鳥取県や静岡県のように、場所によっては都心部をしのぐ生産性の企業も多く立地していた(図2)。このようなパターンは本論文の理論の示すところである。

図1:鉄道総延長距離(km) 南(1965)
図1:鉄道総延長距離(km) 南(1965)
図2:1930年の労働者一人当たり生産額
図2:1930年の労働者一人当たり生産額

政策的インプリケーション

都市の一極集中の問題は単に企業数だけでなく、都市と地方との平均生産性の格差をどう縮小していくのかも重要な視点になってくる。しかし、世界や経済の発展過程を見るとそのパターンは複雑で、都市部が必ずしも平均生産性が高いとは限らない。1つは歴史的に都市の発展段階での輸送費の低減と労働移動の度合が1つの重要な要素となることが分かった。特に人的資本の移動をどう促進するのか規制するのかにより、その後の都市の形成、企業の立地パターン、特にどのような生産性の企業が集まるかが変わってくる。したがって、経済の発展段階の初期における交通網の発達と整備が非常に重要になってくる。

今日、日本は鉄道などインフラ輸出を諸外国に積極的に進めている。特に経済の発展段階での鉄道網の高度化を日本のインフラ輸出が促進しているのであれば、現地における都市の形成や発展、特に平均生産性に長期的に大きな影響を及ぼすものと思われる。

文献
  • [1] Baldwin R. and T. Okubo, (2006). "Heterogeneous Firms, Agglomeration and Economic Geography: Spatial Selection and Sorting," Journal of Economic Geography 6(3), 323-346.
  • [2] Forslid R. (1999). "Agglomeration with Human and Physical Capital: an Analytically Solvable Case," CEPR Discussion Papers, no. 2102.
  • [3] Forslid R. and G.Ottaviano (2003). "An Analytically Solvable Core-Periphery Model," Journal of Economic Geography 3, pp.229-240.
  • [4] Okubo, T., Picard, P. M., and Thisse, J. F. (2010). "The spatial selection of heterogeneous firms," Journal of International Economics, 82(2), 230-237.