執筆者 | 山本 勲 (ファカルティフェロー)/黒田 祥子 (早稲田大学) |
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研究プロジェクト | 企業・従業員マッチパネルデータを用いた労働市場研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業・従業員マッチパネルデータを用いた労働市場研究」プロジェクト
日本では雇用の流動性が低いため、生産性の高い労働者が成長企業・産業に移動できるように流動性を高めることが経済全体の生産性向上につながる、といった主張が聞かれる。その一方で、労働条件が極端に悪いために流動性が非常に高くなっている「ブラック企業」の存在も問題視されている。日本において望ましい雇用の流動性とはどのようなものだろうか。本稿ではこうした問題意識から、日本企業のパネルデータを用いて、雇用の流動性の状況を概観するとともに、企業特性の違いに注目しながら、雇用の流動性が企業業績に与える影響を定量的に検証した。
企業が常に最適な行動をとっていれば、雇用の流動性と企業業績の間には関係性は見出せないはずである。しかし、大きな環境変化が生じ、均衡がシフトしているような局面では、企業にとって望ましい雇用の流動性の水準が変化している可能性があり、それに応じて雇用の流動性を変えているような企業で業績が向上している可能性がある。こうした考え方を支持する経営学のモデルとしてAbelson and Baysinger [1984]の最適流動性モデルがあるが、同モデルに基づけば雇用の流動性と企業業績の間には逆U字の非線形な関係性が観測されることが予想される。雇用の流動性と企業業績の間の逆U字の関係とは、流動性が増加すると企業業績は上昇していくか、ある最適な点を超えてさらに流動化が進むと企業業績はむしろ低下してしまうという状況を指す。
本稿では、日本でもこの最適流動性モデルが当てはまるかどうかを確認した。分析の結果、表に示したように、離職率や中途採用超過率といった雇用の流動性を示す変数は、1乗項の係数がプラスで2乗項の係数がマイナスとなっており、売上高経常利益率に対して非線形な逆U字型の影響を与えていることが明らかになった。また、推計結果から算出される雇用の流動性の最適水準は、実際の平均値よりも高いため、総じてみれば、日本企業は離職率や中途採用のウエイトを高めることで、業績が向上する可能性があることもわかった。
次に、どのような企業で雇用の流動性を高めると業績が向上しやすいのか、あるいは、悪化しやすいのかを確認するため、階層クラスター分析によって、企業特性をもとに企業を3つに類型化し、企業類型によって雇用の流動性が業績に与える影響が異なるかを固定効果モデルで推計した。その結果、日本的雇用慣行企業に近いタイプに類型される企業では中途採用のウエイトを高める形で雇用の流動化を進めると、利益率や労働生産性が上昇する傾向があることや、逆に、ブラック企業に近いタイプに類型される企業では中途採用のウエイトや離入職率を高めると、利益率や労働生産性の低下を招く可能性があることなどが明らかになった。これらの結果は、少子高齢化やグローバル化といった環境変化の下で、日本企業にとって望ましい雇用の流動性の水準が変化している可能性があることを示唆している。
現在、日本の労働市場における雇用の流動化に対しては賛否があり、円滑な労働移動の必要性が主張される一方で、高い雇用の流動性に伴うデメリットが強調されることも多い。本稿の分析で得られた結果は、企業類型によって雇用の流動性の影響が異なることを示しており、さまざまな意見は、そうした論者が想定する企業の特徴や状況が異なっていることから生じていると解釈することもできる。
伝統的な日本企業では、少子高齢化やグローバル化といった環境変化の下で、内部労働市場のみを活用する人材育成モデルの合理性が低下しており、これまで以上に中途採用のウエイトを大きくするなどして雇用の流動性を高めることで、人材や組織の活性化が進み、利益率や労働生産性が向上する余地が残されている。一方、本稿で成果主義タイプに類型されたような企業では、すでに中途採用を活用し、離入職率も高くなっており、雇用の流動性に関しては望ましい水準に近くなっているとも解釈できる。これに対して、ブラック企業に類型されたような企業では、離入職率が望ましい水準を上回っていて、高い雇用の流動性に伴うコストが大きく生じていることが推察される。そうした企業では、定着率を高めるような行動をとることが業績改善につながると指摘できる。
売上高経常利益率(%) | |||
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(1) | (2) | (3) | |
離入職率 | 4.033 (3.126) |
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離入職率の2乗項 | -8.463 (7.196) |
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離職率 | 7.543** (3.367) |
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離職率の2乗項 | -19.485*** (7.259) |
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中途採用超過率 | 5.143** (2.616) |
||
中途採用超過率の2乗項 | -8.912* (4.865) |
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雇用純増率 ((採用数-退職数)÷雇用者数) |
0.018** (0.009) |
0.018** (0.007) |
0.018 (0.017) |
雇用者数 | 0.002 (0.001) |
0.002* (0.001) |
0.003 (0.002) |
年ダミー | yes | yes | yes |
年×業種ダミー | yes | yes | yes |
サンプルサイズ | 2,784 | 2,799 | 2,514 |
企業数 | 2,051 | 2,060 | 1,896 |
備考) 1. 括弧内は標準誤差(White robust standard errors)。 2. ***、**、*印は、それぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意なことを示す。 |
- 文献
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- Abelson, A. and Baysinger, D. (1984), "Optimal and Dysfunctional Turnover: Toward an Organizational Level Model," Academy of Management Review, 9, pp. 331-341.