ノンテクニカルサマリー

企業の本社移転行動と移転先の決定要因に関する分析:外形標準課税制度の影響と地域間格差の視点から

執筆者 名方 佳寿子 (摂南大学)
研究プロジェクト 法人税の帰着に関する理論的・実証的分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「法人税の帰着に関する理論的・実証的分析」プロジェクト

中央集権体制の日本では地域間の税率の差はほとんどなく、企業が本店、事業所、工場などの立地を決定する際に地域間の税率の差を考慮する必要はなかった。しかし、2004年に「外形標準課税制度」が導入され、地方政府(都道府県)は法人事業税の税率等の決定に関する裁量権を増やすことができ、地域間の法人税率の格差が生じる可能性が出てきた。

本稿では、この「外形標準課税制度」の導入によって、企業の本店移転行動がどのように変化したかを分析する。具体的には、経済産業省の「企業活動基本調査」の1995年〜2013年のデータを主に用い、(1)どのような企業が本店を移転させるのか、(2)どのような特徴を持った県に企業は本店を移転するのか、(3)外形標準課税制度の導入前と後では企業の本店移転行動に変化はあったのか、(4)東京都や大阪府など経済の中心県に本店を移転させる企業と、それ以外の県に移転させる企業との間では移転の目的や企業の特徴に違いはあるかという4項目について実証分析を行った。

図:企業の本社移転数
図:企業の本社移転数

分析の結果、(1)従業者数・資産・負債資本比率・動産不動産賃貸料と給与総額が総費用額に占める割合が多く、事業所・本社従業者・有形固定資産の量が少なく、相対的に若い企業で、親会社あるいは海外に子会社が存在する企業ほど本店を移転しやすいこと、(2)一般的に企業は人口・1人当たり所得・賃金・集積の効果・人口密度が高く、地価、失業率の低い地域でかつ空港アクセスが便利な地域を本店の移転先として選ぶ傾向にあること、(3)外形標準課税導入後、外形標準課税が適応される企業は法人実効税率の高い県を本店の移転先として避ける傾向が強まったこと、(4)経済の中心県(東京都・大阪府)とそれ以外の県に本店を移転した企業を比較すると、東京都・大阪府を選ぶ企業は地価・集積の効果・人口密度を重視して移転先を選んでいるのに対し、それ以外の県を選ぶ企業は人口、若者の割合、優秀な人材が多く、地価が安く失業や財政的な問題のない地域を好んで選んでいることが分かった。

本稿の分析から2つの政策インプリケーションが導かれる。第1に外形標準課税制度の導入により企業は法人実効税率の高い地域を本店の移転先として避ける傾向が強まったことから、地方政府の課税自主権が増すと政府間の租税競争が起こることが推察される。しかし、地方からの経済活性化を図るには、地方政府に住民のニーズにあった公共サービスの効率的な供給と安定した税収の確保などの自助努力を促す税源移譲が必要である。今後地方政府に税源を移譲する際には、租税競争が起こりにくい税項目を選ぶ必要があることが本稿の結果から分かった。第2に、一部の企業が動産不動産賃貸料と給与額などの費用削減を目的として本店を地方の県に移転させており、そのような企業は地価や人口密度の低くかつ優秀な人材が確保でき経済や財政が安定している地域を選んでいる傾向がある。今後地方において企業の誘致を図るためには、優秀な人材の育成と健全な財政を志す必要があることが示された。