ノンテクニカルサマリー

政府の政策に関する不確実性と経済活動

執筆者 伊藤 新 (研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

政府の政策に不確実性が高まることは経済に良くないと以前からみられてきた。たとえば、1993年に産業界の経営者は、「政治の混乱が景気の先行きを不透明にしている現状が続けば、政治不況になる」とコメントしている。この論文では、政策の不確実性と実体経済の関連性を実証的に示す。政策の不確実性が高まると、国全体の経済活動は2年にわたり負の影響を受ける。とりわけ設備投資、住宅投資そして耐久財消費への影響が大きい。

政策の不確実性は直接観察することができない。そのため、それを間接的に捉えた代理指標を使う必要がある。ここでは、政治の不安定さの度合いを示す新たな指標を作り、それを政策の不確実性の代理変数として用いる。与野党の対立により政策決定過程で膠着状態が生じると、政府が行おうとする政策にはその内容や実施時期について不確実性が高まることに着目する。

その新しい指標は新聞社など報道機関が月次で行う世論調査の政党支持率をもとに作る。下の図はそうして作られた政治の不安定指数を描いている。データの頻度は月次である。指数の値が大きければ大きいほど政治の不安定さの度合いが高い。

図:政治の不安定指数(1978-2014=100)
図:政治の不安定指数(1978-2014=100)

その指数は政治が不安定であったとみられている時期に高い水準に達している。第1は1994年である。新生党を中心とする連立与党は衆参両院で過半数の議席を失った。第2は1998年である。与党自民党は参議院選挙で野党に敗れて過半数の議席を失い、衆参ねじれが生じた。最後の第3は2010-2012年である。民主党を中心とする連立与党は参議院選挙で野党に敗れ、国会ではねじれ現象が起きた。2007-2009年の衆参ねじれ期とは対照的に、連立与党は衆議院で法律案を再可決するのに必要な議席を保有していなかった。指数はその時期の政治が非常に不安定であったことを映し出している。

政策の不確実性と実体経済の関連性を実証的に調べるため、月次の多変量自己回帰モデルを推定して得られるインパルス応答関数を描く。下の図は、政治の不安定指数に65ポイントの正のショックが発生したときの経済活動指数の動学的な反応を描いている。経済活動指数は鉱工業、建設業そして第3次産業における各月の活動状況を包括的に捉えた指標である。その指数の変化率(前期比年率)は実質GDP成長率(前期比年率)と正の強い相関関係を持つ(1980Q2から2013Q4までを標本期間とする相関係数は0.73)。65ポイントは2005-2006年の時期から2011-2012年の時期にかけての指数の上昇幅に相当する。

図:経済活動指数の動学的な応答
図:経済活動指数の動学的な応答

ショックが発生したあと、国全体の経済活動は2年にわたって負の影響を受ける。その影響がもっとも大きくなるのはショックが発生してから1年半が経ったときであり、その規模は-2.5%である。これは設備投資、住宅投資そして耐久財消費が大きく減少するためである。また、そのショックが雇用へ及ぼす影響は一般労働者よりもパートタイム労働者のほうが大きい。

これまでの研究では、新聞記事をベースにした政策の不確実性指数が代理変数としてよく利用される。その指数は「経済」「不透明」「不確実」そして「財政」「規制」「日本銀行」など政策に関係する用語を含む記事の掲載本数をもとに作られている。

しかし、その指数は日本政府が行う政策の不確実性を部分的に捉えているが、この研究の目的に適った指標ではない。それらの記事のなかには金融政策に関する記事が含まれている。また、国内だけでなく海外の政策に関する記事も含まれている。さらに、これから行われようとする政策の内容や実施時期に関する記事に加えて、すでに実施された政策の経済効果に関する記事も含まれている。

さきほど述べたように、2000年代後半から2010年代初めに政治の不安定さが著しく高まった。その時期に国内外の金融機関から出された定期レポートでは、政治対立による政策決定の停滞が景気の先行き不透明性を高め、それは日本経済の押し下げ要因になると強く懸念された。本稿で得られた結果はこうした見方を裏付けるエビデンスとなっている。