ノンテクニカルサマリー

夫の家事・育児参加と妻の就業決定-夫の働き方と役割分担意識を考慮した実証分析

執筆者 鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)/久米 功一 (リクルートワークス研究所)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

問題の背景

将来の労働力不足の解消に向けて、1人1人が就業して能力発揮できる社会の構築が急がれている。とりわけ、多様化した社会のニーズに応えるという観点から、女性の活躍に期待が寄せられている。子供のいる既婚女性の就業・活躍のためには、子育て両立支援といった職場におけるサポートのみならず、家族によるサポートが必要不可欠である。にもかかわらず、その中心的役割を担うべき夫については、恒常的な長時間労働により、家事・育児参加が十分でないという現実がある。そこで、本稿では、夫の家事・育児負担割合が、妻の就業行動に与える影響を実証的に分析することによって、夫の働き方や性別役割意識が家事・育児負担に与える影響を明らかにして、その政策的なインプリケーションについて議論した。

分析に用いる変数と推計式

夫の家事・育児参加と妻の就業の間には、考慮すべき内生性の問題がある。妻の就業が夫の家事負担に影響を与えるような逆の因果関係の可能性である。これを解決するために、夫の家事・育児参加を識別する操作変数として、先行研究の示唆に基づき、夫の性別役割分業意識や夫の働き方を用いた。本研究は、柔軟な働き方や正社員区分の多様化が進んでいる現状を踏まえて、夫の労働時間制度や働き方の限定性に関する変数を夫の家事・育児参加の説明変数に取り入れている点に特長がある。夫の家事・育児参加(負担割合0〜100、または、週あたり時間)、妻の就業状態(就業=1、非就業=0のダミー変数)をそれぞれ被説明変数とする2本の推計式を操作変数プロビット法などで推計した。

分析の結果

推計結果をまとめると表1の通りである。夫の家事・育児と妻の就業と内生性を考慮した分析を行っても、夫の家事・育児負担や家事・育児時間は、妻の就業に正で有意な影響を与えていた。夫の家事・育児参加に対して、特に有意な変数として、夫の所得(-、負の影響)、夫の限定的な働き方(特に、職務、地域)(+、正の影響、以下同)、「妻は家を守るべき」という男女の役割分担意識(-)が挙げられる。妻の就業は、夫の家事・育児負担以外に、妻の年齢(+)、負債(+)、子供が6歳以下(-)、保育園利用(+)、親の同居(+)であるが、親のサポートの有無やベビーシッターの利用の影響は有意ではなかった。

表1:分析のまとめ
表1:分析のまとめ
注)原論文の図表2〜5より、複数の特定化において有意な係数を得たものをまとめた。
各変数の詳細は、原論文をご参照いただきたい。

政策的なインプリケーション

まず、ベビーシッターなどの「たまのサポート」よりも夫の家事・育児参加、親との同居、保育園利用といった「日常的なサポート」が妻の就業に好影響を与えうることである。次に、夫の家事・育児参加を高めるためには、夫が正社員でも限定的働き方を選択したり、柔軟な労働時間制度を利用したりすることが有効である。真に既婚女性の働き方・活躍をサポートするためには夫側の「男の働き方」を変えることが重要であり、この観点からも、職務・勤務地・労働時間が限定された多様な正社員の普及を政策的に推進すべきであるといえる。最後に、男女の役割分担意識の変革も重要な課題である。夫の性別役割分担意識の変化は、妻の就業促進に寄与することは間違いないが、それには時間がかかる。本稿のシミュレーションは、意識を変えなくとも、行動(働き方)を変えることでそれを補えることを示している。既婚女性の就労と夫の家事参加の促進に向けては、男性の働き方を変えることが求められる。