ノンテクニカルサマリー

社会保険料負担は企業の投資を抑制したのか? -個票データを用いた設備・研究開発・対外直接投資の実証分析-

執筆者 小林 庸平 (コンサルティングフェロー)/中田 大悟 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 経済活力と生活の質を向上させる社会保障制度
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済活力と生活の質を向上させる社会保障制度」プロジェクト

問題意識と分析の概要

高齢化の進展に伴って社会保険給付が増加する中で、その裏側の社会保険料負担も増加を続けている。実際、雇用者報酬に占める強制的社会負担(社会保険料負担)の割合は、1994年時点では15.7%だったものが、2000年には17.8%となり、2013年では24.1%と年々上昇を続けている。増大する社会保障給付に対応するためには、税や社会保険料の負担増加は避けられないが、労働力人口の減少によって潜在成長率が低下してきている日本にとって、社会保障財政の安定と経済成長を可能な限り両立させていく必要がある。森川(2012)によるサーベイ調査の結果でも、「経営に重要な影響を与えるもの」として「社会保障費の企業負担」をあげる企業が半数近くに及んでおり、「震災からの復興、日本経済の成長力を高めるために重要な政策」について4割近くの企業が「社会保険料の企業負担の抑制」をあげている。

このように、社会保険料負担の変化が経済活動の主たる担い手である企業の行動にどのような影響を与えているのかを検証することは、政策的にも非常に重要な研究課題となってきているが、社会保険料負担の増加が企業の投資活動に与える影響を実証的に分析した研究は、国内外を問わず非常に乏しい。そこで本稿では、社会保険料データと企業データをマッチングさせた個票データを用いて、企業の社会保険料負担が、設備・研究開発・対外直接投資にどのような影響を与えているかを実証的に分析した。

分析結果のポイントと政策的インプリケーション

実証分析の主要な結果は以下の通りである。

(1)社会保険料負担の増加は企業の国内の設備投資を抑制させた可能性が高い。
(2)研究開発投資に対しては社会保険料負担の変化は有意な影響を与えていない。
(3)社会保険料負担の増加は、企業が海外進出を行うかどうかの意思決定(Extensive Margin)には影響を与えていないが、既に海外進出を行っている企業の対外直接投資(Intensive Margin)を一定程度増加させた可能性がある。
(4)国内設備投資や対外直接投資に対する影響は、製造業で特に大きい。

図:医療保険料率事業主負担1%ptの増加が企業に投資に及ぼす影響
被説明変数 全産業 製造業 その他産業
設備投資(対数値) -0.0945*
(0.0493)
-0.119**
(0.0578)
-0.0373
(0.0947)
研究開発投資(対数値) 0.00760
(0.0384)
0.0166
(0.0572)
0.00870
(0.0485)
対外直接投資の有無
(Extensive Margin)
0.00358
(0.00884)
0.00187
(0.0103)
-0.0165
(0.0161)
売上高に占める対外直接投資
(Intensive Margin)
0.0166*
(0.00973)
0.0223*
(0.0127)
0.00322
(0.00197)
カッコ内は不均一分散に対して頑健な標準誤差
*** P<0.01, ** P<0.05, * P<0.1

本稿の分析結果および既存研究の成果を組み合わせると、以下のような政策的インプリケーションを得ることができる。多くの実証研究において、法人税・資本所得税は経済成長に対して悪影響が大きく、次いで労働所得税の悪影響が大きいとされている。一方、消費税や固定資産税は経済成長を阻害する効果が小さいとされている。社会保険料は労働所得税に近い経済的な影響を有していると考えるが、本稿の分析結果でもそれが裏づけられている。こうした研究成果に基づいて、所得分配への影響をも配慮しながら、可能な限り経済活力に悪影響を与えないような負担構造の制度設計が求められる。

文献