ノンテクニカルサマリー

事業所レベルでのエネルギー効率性の推定とその変化要因の分析―産業集積のエネルギー効率化に与える影響可能性の分析―

執筆者 田中 健太 (武蔵大学)/馬奈木 俊介 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 原発事故後の経済状況及び産業構造変化がエネルギー需給に与える影響
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「原発事故後の経済状況及び産業構造変化がエネルギー需給に与える影響」プロジェクト

東日本大震災以降、日本企業にとって、エネルギーをいかに効率的に用い、生産活動を行うかということは重要な課題となっている。現在、原油価格は低下しているものの、今後の再生可能エネルギーの発電シェア増加に伴い、日本全体の電力の発電コストは増加する可能性が高い。これまでも日本の企業はエネルギー価格の大きな変動やエネルギー供給の不安定性に悩まされる事態が多く発生しており、今後も日本の企業がエネルギー利用に関する制約に大きく影響されることは避けることはできない。そのため企業のエネルギー効率をより高めることは今後も重要なエネルギー政策の1つであると考えられる。

そこで本研究ではDEA(Data Envelopment Analysis)を応用した事業所レベルでのエネルギー効率性指標を推計するとともに、推計されたエネルギー効率性の変化要因として産業集積の影響可能性について検証する。これまで多くの先行研究において、エネルギー効率性の推計や計算が試みられてきた。しかし先行研究では、各国、各部門レベルでのエネルギー効率性の推計を行った研究が多く、事業所レベルでのエネルギー効率を推計した研究においても、エネルギー効率性と産業集積などの地域の特性との関係性を分析した研究は十分に行われていない。産業集積による企業や事業所レベルでの生産性向上の効果は広く確認されており、産業集積地域に立地する企業や事業所のエネルギー効率性向上に関しても可能性が示唆されている。そこで本研究では「特定業種石油等消費統計」および「工業統計調査」の事業所個票データを用い、日本の紙パルプ産業およびセメント産業の各事業所レベルでエネルギー効率性を推計するとともに、各事業所の立地する地域の産業集積程度との関係性をシステムGMMによって明らかにする試みを行った。

第1に、エネルギー効率性(TEEI)の全体の変化としては、本研究の分析対象期間である、2000年から2010年の間で紙パルプ産業においては平均0.5%程度、セメント産業においては平均0.6%程度のエネルギー効率性の向上が見られた。しかしTEEIの変化要因をより詳細に分析した場合に、2000年代前半と後半では各産業のTEEIの上昇要因が異なっていることが確認された。紙パルプ産業では事業所の規模の経済性によるエネルギー効率性向上が2000年代前半ではエネルギー効率性を向上させる主要因であったのに対して、セメント産業では2000年代後半において、規模の経済性によるエネルギー効率の向上効果が強く示された。地域別にみても推計された各エネルギー効率性指標の変化傾向は異なる結果が示された。そのため、エネルギー効率の変化が産業別だけでなく、地域の特性の影響を受けている可能性も示された。

第2にエネルギー効率性と産業集積の関係性について分析するため、推計された各エネルギー効率性指標を被説明変数とし、産業集積指標(各事業所が立地する地域の同一産業に従事する従業員の全国シェア)を説明変数に加えた推計式についてシステムGMMを用い分析を行った。推計の結果は表1の通りである。

表1:紙パルプ産業およびセメント産業における各エネルギー効率性指標の変化要因分析
説明変数 紙パルプ産業 セメント産業
TEEI EFCH-EEI TECH-EEI TEEI EFCH-EEI TECH-EEI
Indext-1 -0.2813***
(-28.55)
-0.3789***
(-33.28)
-0.1148***
(-47.97)
0.0192***
(11.05)
-0.1545***
(-66.67)
-0.2130***
(-59.86)
Indext-2 0.0847***
(9.34)
-0.1743***
(-26.95)
-0.2416***
(-108.18)
0.0325***
(31.49)
-0.1181***
(-79.53)
-0.2557***
(-69.99)
AG 1.5116**
(3.82)
0.1156
(0.31)
-2.5218***
(-6.15)
-11.2158**
(-26.75)
19.2952***
(15.86)
-33.0314***
(-14.60)
Oil 0.0001**
(2.21)
0.0018***
(18.75)
-0.0056***
(-98.04)
0.0004***
(21.68)
0.0052***
(25.57)
-0.0002***
(-98.04)
C 1.1776***
(63.18)
1.4211***
(71.52)
1.8276***
(185.17)
0.9523***
(426.18)
1.2227***
(412.00)
1.5280***
(301.97)
AR1 -4.00*** -4.16*** -3.95*** -1.84* -3.85*** -3.90***
AR2 0.57 2.21** 2.55** 1.06 0.68 1.80*
Sargan 287.50*** 355.61*** 1289.67*** 122.35** 338.10*** 346.16***
※( )内の数値はt値を示している。AR1およびAR2はArellano-Bond testの結果を示しており、SarganはSargan testの結果を示している。*は10%水準、**は5%水準、***は1%水準で有意であることを示している。

本研究では詳細なTEEIの変化要因を分析するために、TEEIを被説明変数とするモデル以外に、TEEIを構成するEFCH-EEITECH-EEIをそれぞれ被説明変数とした推計も行っている。EFCH-EEIは事業所自身の効率性向上の取り組みによって向上したエネルギー効率性を示し、TECH-EEIは技術進歩のように産業全体の生産フロンティアを押し上げるようなエネルギー効率性の変化を示す指標である。EFCH-EEITECH-EEIを掛け合わせることで、エネルギー効率全体の変化を示すTEEIが求められる。説明変数としては、産業集積指標であるAG、各年の平均石油価格(WTI原油価格)であるOilを用いる。さらにIndexは各被説明変数のラグ項を示しており、t-1が1期間前、t-2が2期間前のラグ項を示している。cは定数項である。

表1の推計結果より、紙パルプ産業においては産業集積指標とTEEIは正に有意な関係性が示されており、産業集積地域におけるエネルギー効率性の向上効果が示された。一方でセメント産業においては、産業集積指標とTEEIは負に有意な関係性を示しており、産業集積によるエネルギー効率性の向上効果が示されなかった。

この結果は紙パルプ産業とセメント産業における立地の制約および、その制約に由来するエネルギーインフラネットワーク(港湾、ガスパイプラインなど)の利用可能性の違いから発生している可能性がある。またコージェネレーションシステムの地域内での共同、有効利用など産業が集積している地域でのエネルギー効率を向上させる可能性もある。本研究の結果から産業集積が経営体のエネルギー効率を改善する可能性が示されたが、一方で産業特性を十分に考慮する必要性も示された。そのため、今後の産業部門の省エネルギー政策としては、地域の特性と産業の特性を考慮したうえで産業集積をはじめとした地域の産業政策を考えることで、より省エネルギーな地域経済の構築が可能となると考えられる。