ノンテクニカルサマリー

日本におけるイノベーションと雇用成長:『企業活動基本調査』個票による分析

執筆者 金 榮愨 (専修大学)/池内 健太 (科学技術・学術政策研究所)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/深尾 京司 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

どのような企業が雇用を生み出すかは、経済学だけでなく政策的にも大変重要なテーマである。その中でも技術進歩が雇用に与える影響(たとえば、技術の進歩は雇用を破壊するか、もしくは創出するか)は古くから多くの経済学者によって議論され、マクロレベルから産業レベル、ミクロレベルまで、理論的にも実証的にも研究されてきた。最近、活発に行われている企業データを用いた実証研究の多くは企業のイノベーションや生産性が雇用の成長をもたらすことを確認している(詳細な議論はVivarelli (2012)を参照されたい)。しかし、反対に技術進歩が雇用を破壊するとの議論と研究も少なからずある(たとえば、De Michelis, Andrea, Estevão, and Beth (2013)はマクロおよびミクロレベルで全要素生産性(TFP)の伸びと雇用の変動の間に有意な負の相関があることを示している)。

企業の生産性の伸びが雇用成長と見かけ上の負の関係を持つようになるメカニズムとして、本論文では労働の硬直性を想定している。企業が雇用を急激に調整するためにはその調整の程度に応じて逓増的な調整費用がかかると思われる。そのため、企業は経済的なショックがあった場合、瞬時に雇用を調整できず、時間をかけてスムーズに雇用を調整することになる。たとえば、需要が減少しその後も回復しない場合には、企業は短期的に過剰労働を抱えることになる。この場合、企業が雇用調整(雇用の削減)を進めるにつれ、過剰労働が解消され企業のTFPが上昇するため、TFPの上昇と雇用の減少が同時に観察されることになる。企業のイノベーションが雇用に与える影響を計測する場合には、イノベーションによるTFP上昇と、以上のような労働保蔵調整によるTFP上昇を区別して、雇用との関係を見る必要がある。

本研究では、労働の硬直性による雇用調整を明示的に考慮するため、標準的な独占的競争モデルにイノベーションと労働の硬直性による雇用調整行動を組み込んだモデルを構築した。

構築された理論モデルに沿って、『企業活動基本調査』の個票データから、企業の過剰労働の程度を測った結果、1990年代から2000年代の間で多くの企業が過剰労働を抱えていることがわかった(図1)。また、産業の違いを考慮しても、過剰労働の程度は大企業ほど深刻であった(図2)。

図1:企業の雇用状況(2001年と2007年)
図1:企業の雇用状況(2001年と2007年)
※横軸の\({\rm ln}\frac{\alpha}{1-\alpha}-{\rm ln}\frac{wL_i}{rK_i}\)の値が負であれば労働過剰、正であれば労働過少の状態を意味する。
図2:企業規模別雇用状況(Topは大企業、Bottomは小規模企業)
図2:企業規模別雇用状況(Topは大企業、Bottomは小規模企業)
※横軸の\({\rm ln}\frac{\alpha}{1-\alpha}-{\rm ln}\frac{wL_i}{rK_i}\)の値が負であれば労働過剰、正であれば労働過少の状態を意味する。
※Topは大企業、Bottomは小規模企業を意味する。

次に、雇用の硬直性を考慮した上で、イノベーションや生産性と企業の雇用の成長の関係を回帰分析した。その結果、労働の硬直性による雇用調整の部分は理論モデルでの予測通り、労働の過剰がある場合、何年かにかけてゆっくり雇用が調整されることが確認できた。また、製造業ではイノベーションをもたらすと考えられる研究開発集約度(研究開発支出の対売上比率)が雇用の成長と正の関係を持つことが確認できる。非製造業では、研究開発支出を行っている企業が少ないため、両者の間に有意な関係が確認できない。しかし、投資率(設備投資の対資本ストック比率)は雇用の成長と正の関係を持っていた。

本論文で最も興味を持っている、TFPの伸びと雇用の成長の関係は、単純な相関では負の関係が示される。しかし、製造業では研究開発集約度を操作変数にした推計によって、研究開発がもたらすTFPの伸びと雇用の成長の関係を検証すると、その間には正の関係が確認できた。非製造業では、投資率上昇(我々は非製造業では投資によって新しい技術が導入されると解釈した)によるTFPの伸びが雇用の成長と正の関係を持つことが確認できた(表1)。

表1:雇用調整関数の推計結果
Dependent variable
: lnLt - lnLt-4
OLSOLSOLSIV (2SLS)
Instrument=
R&D/sales
IV (2SLS)
Instrument=
Investment/K
Panel A: 製造業
lnLt-4-0.004
(0.000)
***-0.003
(0.000)
***-0.004
(0.000)
***-0.008
(0.002)
***0.01
(0.010)
ln(α/1-α) - ln(wL/rK)t-40.005
(0.000)
***0.006
(0.000)
***0.006
(0.000)
***-0.001
(0.003)
0.029
(0.018)
(R&D/sales)t-40.035
(0.011)
***
(Investment/K)t-40.009
(0.001)
***
lnTFPt - lnTFPt-4-0.018
(0.001)
***0.211
(0.085)
**-0.804
(0.619)
サンプル数
Adj.R-Squared
30,311
0.118
21,764
0.142
26,175
0.124
26,175
.
18,628
.
Panel B: 非製造業
lnLt-4-0.001
(0.000)
***0
(0.000)
-0.001
(0.000)
-0.001
(0.001)
**-0.001
(0.001)
ln(α/1-α) - ln(wL/rK)t-40.001
(0.000)
***0.001
(0.000)
***0.002
(0.000)
***0.001
(0.000)
***0
(0.001)
(R&D/sales)t-40.021
(0.017)
(Investment/K)t-40.012
(0.002)
***
lnTFPt - lnTFPt-4-0.032
(0.002)
***0.037
(0.036)
0.36
(0.115)
***
サンプル数
Adj.R-Squared
24,920
0.056
17,316
0.06
20,870
0.081
20,870
.
14,336
.

本研究の政策的含意としては少なくとも次の2点が挙げられる。第1に、日本の多くの企業では、雇用調整は緩慢に行われ、しばしば過剰労働を抱えている。調整費用の存在が合理的か否かについて(たとえば企業に固有の熟練の蓄積など)今後注意深い検討が必要であるが、大きな調整費用の存在は、何らかの政策(労働市場の柔軟化のような規制緩和)によって雇用の調整費用を低下させることを通じて、過剰労働を緩和させて生産性を改善し、資源配分の効率性を高める可能性があることを示唆している。第2に、生産性の変化と雇用の関係性を理解するには、観測されたTFP上昇全体と雇用成長の関係性をみるのではなく、TFP上昇の原因に注目する必要がある。本研究の分析によれば、過剰雇用の調整によるTFP上昇の要因をコントロールした上で、研究開発(製造業の場合)や設備投資(非製造業の場合)によるTFP上昇は雇用拡大をもたらすことが分かった。

参考文献
  • De Michelis, Andrea, Marcello M. Estevão, and Beth Anne Wilson, Productivity or Employment: Is it a choice?. No. 13-97. International Monetary Fund, 2013.
  • Vivarelli, Marco (2012) Innovation, Employment and Skills in Advanced and Developing Countries: A Survey of the Literature, IZA Discussion Paper, No. 6291