ノンテクニカルサマリー

都市会計分析で見る産業構造

執筆者 大城 淳 (沖縄大学)/佐藤 泰裕 (東京大学)
研究プロジェクト 都市システムにおける貿易と労働市場に関する空間経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「都市システムにおける貿易と労働市場に関する空間経済分析」プロジェクト

先進各国では20世紀以降、産業構造の高度化と呼ばれる経験則が広く観察されている。すなわち、経済活動の中核を成す産業が農業から製造業へ、そしてサービス業へと時代を経るにつれ移っている。こうした産業構造の変化は、国内の人口移動の流れとも密接に関連していると考えられている。たとえば日本の場合、戦後農業が縮小していく過程で、地方から都市部へと大規模な労働移動が起こり、太平洋ベルト地帯が発展した。1980年代以降製造業は生産拠点を海外に移すかたわら、本社機能を東京に集積させていった。これに伴い東京や大阪は金融業や情報通信業、サービス業といった第三次産業の中心地としての地位を確立させている。産業構造の変遷が地域経済に影響を与えていることは明らかだとしても、特にどの産業が重要であるかはよく知られていない。そこで本論文はどの産業が日本の空間構造に影響しているのかを都市会計と呼ばれる枠組みを応用して定量的に分析した。

都市会計分析は、地域経済の特性をいくつかの歪み(wedge)に分解し捉えるものである。我々はまず歪みのないオーソドックスな都市経済モデルを多部門産業に拡張する。次にこのモデルにどの歪みをどれだけ加えれば実際の観測データとフィットするかを求める。具体的には、効率的に機能している労働市場の均衡では、労働の限界生産性は労働供給の限界的な不効用である、消費と余暇の限界代替率と一致する。しかし現実にはさまざまな摩擦があり、限界生産性と限界代替率は一致せず地域労働市場で非効率性が生じている。そこで、両者が一致しない程度を「労働市場の歪み」として計測し、効率的な状態から現実がどの程度乖離しているかを定量的に捉えていく。加えて、全要素生産性と同様にして、生産要素の投入で産出を説明できない部分を財市場で生じる「生産効率性の歪み」として計測し、最終的に地域人口のうちモデルで説明できない部分を残差として計測する。こうして歪みの大きさを各地域・各産業別に特定した後、これらの歪みをいくつかの反実仮想シナリオに沿って人為的に操作するとどのように均衡が変化するかを見る。新しい均衡と現実とを比較しながら、どの歪みがどれだけ地域経済に影響力を持っているかを明らかにしていく。

分析の結果、2000年代において都道府県の人口分布に最も影響を及ぼしているのは、製造業の雇用環境を巡る地域間格差であることがわかった。関東圏や関西圏はその他の地域に比べて製造業が適切な労働力を確保することができず、住環境としての潜在的な魅力を十分に発揮できていない。都市部において製造業が不利な立場にあることが地方に多くの人口を留まらせている。工場などの立地を制度的に規制した戦後の国土政策も、こうした歪みをもたらす遠因になっているかもしれない。歪みの地域間格差は厚生上の影響も大きく、もし地域間で製造業労働市場の歪みの格差をなくし生産性と住環境のよい都市部へ人や資源が移動することができれば、経済厚生は16.0%上昇する。

農業における歪みも無視できない影響力を持っていることがわかった。とりわけ地方では農業部門が過剰に資源を集めていることが地域全体の重しとなっていた。

我々が開発したモデルは、特にどの産業に焦点を当てた政策を行えばどれだけ地域経済が活性化されるのかを評価することにも用いることができ、国土政策を考える上で重要な指針となりえる。たとえばインフラ整備のような政策を通じて地方を振興してきた効果を洞察するため、2000年代の都市経済システムを再現できるよう構築したモデルのうち、建設業における収益性(相対価格と全要素生産性の積)だけを各地域で1970年代の水準に仮想的に置換した。こうして反実仮想的に建設業の状況だけを昔に戻したシナリオで得られる地域人口規模分布が図1である。このシナリオの均衡では実際の人口分布と比較して、人口規模の小さい地方都市から人口が流出する傾向が見られる。逆に考えると、過去30年に渡る建設業の動向は、地方における収益性上昇が大都市を上回ることにより地方に人口を押しとどめる効果があったといえる。ただし、この効果は日本の人口分布の全体像を大きく変えるほどには強くない。公共事業に偏った地域間再分配政策が空間構造に与える影響は限定的であると推測される。

図1:建設業の収益性復古シナリオにおける地域人口規模分布
図1:建設業の収益性復古シナリオにおける地域人口規模分布
注: 横軸は対数人口、縦軸は対数補累積分布関数を表す。白丸印が2000年代における実際の人口規模分布、紫丸印が反実仮想シナリオ下における人口規模分布である。