ノンテクニカルサマリー

空間的生産性格差における集積の経済と企業淘汰に関する検証:日本のデータを用いて

執筆者 近藤 恵介 (研究員)
研究プロジェクト RIETIデータ整備・活用
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第四期:2016〜2019年度)
「RIETIデータ整備・活用」プロジェクト

都市経済学の分野において、大都市にいる企業ほど、平均的に生産性が高いということが言われている。1つの主要な説明は、集積の経済である。集積の経済は、より効率的な企業間取引、労働者と企業をつなぐ労働市場の厚み、より活発な知識波及、規模の経済などを通じて、企業の生産性の向上をもたらすと考えられている。一方で、近年の研究で指摘され始めた仮説は、企業淘汰(firm selection)である。大都市ほど企業間競争が激しく、生産性の低い企業は市場から退出し、生産性の高い企業のみが操業している結果、平均的に見ると、大都市ほど生産性はより高くなるという仮説である。

本研究の目的は、都市間の生産性の違いが集積の経済から生じているのか、もしくは企業淘汰から生じているのかを同時に識別することである。多くの先行研究では企業淘汰の影響を考慮しておらず、集積の経済効果がより過大に推計されてしまう可能性があり、したがって、集積の経済と企業淘汰を同時に識別できる分析手法が必要となる。本研究では、日本の製造業事業所パネルデータを用いて全要素生産性を推定し、Combes et al. (2012)によって新たに提案された分位アプローチ(Quantile Approach)を用いることで両者の同時識別を行う。

分位アプローチの特徴は、分布の全体の情報を用いて、2つの分布の間の違いを比較することにある。大都市と小都市の生産性分布を比較する際、特に注目する要素は、分布の「シフト」と「切断」である。分位アプローチでは、都市間の平均的な生産性の違いが、分布の右シフトから生じるのか、分布の左裾の切断から生じるのかを同時に識別する。Combes et al. (2012)の理論より、分布の右シフトは集積の経済、左裾の切断は企業淘汰にそれぞれ対応する。

図1は期間別の製造業事業所平均の生産性分布である。図1(a)は1986-2000年、図1(b)は2001-2013年の間の事業所平均の全要素生産性の分布をそれぞれ示している。実線(赤色)は大都市の生産性分布、破線(青色)は小都市の生産性分布を表している。図1から視覚的に把握できることは、大都市の生産性分布は、小都市の生産性分布と比較して、右にシフトしているという点である。一方、大都市ほどより左裾の切断の度合いが大きいということはほとんど見られない。つまり、図1は集積の経済効果が存在することを示唆している。

図1:就業者密度が中央値以上と未満の都市のTFP分布(全産業)
図1:就業者密度が中央値以上と未満の都市のTFP分布(全産業)
注)赤色実線は大都市(就業者密度が中央値以上)の生産性分布。青色破線は小都市(就業者密度が中央値未満)の生産性分布。詳細はDPを参照。

分位アプローチを用いて産業別に分析した結果、図1で示されるように、大都市ほど分布の左裾の切断の度合いが大きいということはほとんど見られないことが明らかになっている。つまり、大都市ほど企業淘汰の度合いが大きいという仮説はデータからは支持されない。そして、多くの産業において分布の右シフト、つまり集積の経済効果によって生産性の空間的格差が説明されることがわかっている。ただし、製造業における集積の経済からの便益は近年になるほど小さくなっていることも注意しなければならない。

分析の結果、大都市ほど平均的に企業の生産性が高い背景として、企業淘汰ではなく集積の経済の便益によってもたらされているという結果は都市政策に重要な政策的含意を持っていると考えられる。都市規模の拡大によって企業淘汰がより激しくなることは起こりにくく、集積の経済の効果を通じた生産性向上の効果が期待される。

文献
  • Combes, Pierre-Philippe, Gilles Duranton, Laurent Gobillon, Diego Puga, and Sébastien Roux (2012) "The productivity advantages of large cities: Distinguishing agglomeration from firm selection," Econometrica 80(6), pp. 2543–2594.