ノンテクニカルサマリー

人口動態と租税競争の政治経済学的分析

執筆者 森田 忠士 (近畿大学)/佐藤 泰裕 (東京大学)/山本 和博 (大阪大学)
研究プロジェクト 都市システムにおける貿易と労働市場に関する空間経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「都市システムにおける貿易と労働市場に関する空間経済分析」プロジェクト

国際化が進展した現在、各国の政策が人や企業といった経済活動の担い手の所在に及ぼす影響についてはさまざまな研究が行われてきた。その代表的な議論である租税競争の文脈においては、資本に対する課税の影響が注目され、各国が資本に対する課税により公共財供給をまかなっている状況において、資本の移動が顕著になると、国による資本誘致が資本課税を低く抑え、公共財供給を減らしてしまうことが明らかになった。こうした資本課税は、資本の他国への逃避を促し、逃避先の国における課税ベースを拡大させる効果をもつが、この効果は資本価格に反映されないため、財政外部性と呼ばれる外部性となってしまう。加えて、この財政外部性は逃避先の国の公共財供給を増やすため、正の外部性となり、通常の外部性の議論から分かるように、資本課税およびそれによってまかなわれる公共財供給の水準が適正な水準より低くなりすぎてしまう。こうした現象は「底辺への競争」という名前で知られており、その弊害はOECDの報告書に代表されるようにさまざまな場面で議論されてきた。

本稿では、この租税競争の枠組みにおいて、世代間対立が発生するような政治的状況を想定し、その世代間対立が、資本課税および公共財供給の効率性に及ぼす影響を明らかにした。具体的には、若年期と老年期から成る世代重複モデルを構築し、多数決投票で政策が決まる状況を想定した。すると、人口が増える局面においては若年層が決定権を持つことになり、その効用を最大化する政策が選ばれるが、人口が減る局面においては老年層が決定権を持ち、その効用を最大化する政策が選ばれることになる。このように、決定権を持たない世代への影響が無視されると、その影響の一部が外部性となる。こうした外部性を本研究では政治的外部性と呼ぶことにする。人口が増える局面では、若年層が決定権を持つため、資本課税が引き起こす政治的外部性は、老年層が得る貯蓄からの収益を減らすという負の外部性と、老年層が利用できる公共財供給を増やすという正の外部性から成る。一方、人口が減る局面では、老年層が決定権を持つため、政治的外部性は、若年層が得る賃金所得を減らすという負の外部性と、若年層が利用できる公共財供給を増やすという正の外部性から成る。

財政外部性と政治的外部性両方を併せて考えると、公共財への選好が強いと、正の外部性が支配的になり「底辺への競争」を、弱いと負の外部性が支配的になり、資本課税の水準および公共財供給の水準が適正な水準より高すぎる、いわば、「頂点への競争」とも呼ぶべき状態を生じることになる。しかし、どちらが現れやすいのかは人口が増える局面と減る局面で異なっており、分析の結果、人口が減る局面の方が「頂点への競争」になりやすいことが明らかになった。また、人口が増える局面にある国と、減る局面にある国とが混在している場合には、前者において「底辺への競争」が、後者において「頂点への競争」が生じる可能性があることも示した。

以上の結果は、資本課税のみならず、人を含む移動可能な生産要素への課税全般に当てはめて考えることもできる。そして、多くの場合に「底辺への競争」ばかりが意識されている現状において、過剰課税の可能性を示したものとして注目すべきである。しかも、日本のように人口減少局面に至った国でその可能性が高いことを示しており、日本の税制のあり方を議論する上で重要な示唆を与えるものであると考えられる。

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