ノンテクニカルサマリー

中国の電子製品輸出、人民元、サプライチェーン諸国の為替レート

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

Acemoglu, Autor, Dorn, Hanson, and Price(2014)によると、2001年以降、中国からの輸入の浸透が米国製造業における「驚異的な」雇用減少の一因になっているという。他にも同様の研究結果が多数、発表されている。結果として生じた失業が、保護主義を増大させている。Che, Lu, Schott, and Tao(2016)によると、米国では、中国との激しい競争にさらされている自治体ほど、保護主義的な政治家を支持する傾向が大幅に高まるという。Autor, Dorn, Hanson, and Majlesi(2016)は、米国の下院議員選挙区においても中国からの輸入が多い選挙区ほど、穏健な議員に代わり過激な候補を選ぶ傾向にあることを明らかにしている。英国についてはColantone and Stanig(2016)が、中国からの輸入競争にさらされている地域ほど、EUからの離脱を支持する傾向にあることを示している。このように、中国からの輸入によってもたらされた競争は自由貿易を脅かしている。

2010年以降、1年間を除いて、中国は一貫して商品貿易全体で世界最大の黒字を記録している。2010年以降、中国の商品貿易黒字の80%以上は最終電子製品の輸出によるものである。最終電子製品にはコンピュータ、通信機器、家電製品が含まれる。多くの人が求めているように人民元を切り上げれば、中国の最終電子製品輸出に影響が及ぶのだろうか?

その答えは複雑である。なぜなら中国の電子製品輸出には、東アジアのサプライチェーン諸国からの付加価値が含まれているからである。すなわち、東アジア諸国の為替レートが最終電子製品の輸出に影響を及ぼすのである。本稿の結果は、最終電子製品輸出がとりわけ韓国、台湾などのサプライチェーン諸国の為替レートに敏感なことを示唆している。

図1は、中国人民元の為替レートおよびサプライチェーン諸国の加重為替レート(wer)を示す。中国が輸入する電子部品の大部分は東アジアに由来するため、werは域内の為替レートを反映している。図1は、2005年以降、人民元が50%上昇しているのに対し、werが下落していることを示している。台湾では2009年以降、経常収支の黒字がGDPの平均10%を上回り、韓国では2013年以降、6%以上を維持し、シンガポールでは2009年以降、17%以上に達していたにもかかわらず、werが下落したのである。日本の経常黒字は2013年および2014年には低い値を示したが、2015年にはGDPの2.9%に跳ね上がった。

Cline(2016)は、東アジア経済をはじめとする各国の基礎的均衡為替レートについて述べている。Clineによると、2016年4月時点で、台湾とシンガポールの通貨は対米ドルでそれぞれ35%、40%過小評価されていた。さらにClineによると、中国、日本、マレーシア、フィリピン、韓国、タイの各通貨は対米ドルで10%以上過小評価されているという。Clineは2008年以降、こうした推計を年2回発表しているが、中国と東アジアのサプライチェーン諸国の各通貨は一貫して対米ドルで過小評価されている。したがって、域内通貨を米ドルに対して協調的に切り上げることが適切といえる。

これを実現するためには、東アジア諸国(中国を含む)が適切な幅をもたせた複数通貨のバスケット方式の参照レートを特徴とする通貨レジームを採用し、為替レートの決定に関して市場の力により大きく働きかけ、為替政策について幅広く対話を実施することが求められる。東アジア諸国は経常収支および域内バリューチェーンにおいて大幅な黒字を計上していることから、各国通貨が米ドルに対して協調的に上昇することは可能だろう。

米ドルに対して東アジア諸国の通貨を協調的に切り上げるにあたり、米国などの第三国市場で各国が広範にわたって競争関係にあることが、しばしば妨げとなってきた。近隣諸国との価格競争に負けることを嫌い、各国は通貨の切り上げに抵抗する。域内の金融当局が金融政策について広範に協議し、連携して市場の力に対応することができれば、相互間の価格競争に負けることなく、協調的な切り上げを実現できるであろう。

協調的切り上げが実現すれば、東アジア諸国による消費財輸入も増大するだろう。Thorbecke(2011)は、東アジアの通貨が上昇すれば、域内の消費者の購買力が向上し、消費財輸入が増大することを示している。このように、域内の協調的切り上げは東アジアにおける貿易の均衡化に寄与するとともに、労働者が自身の労働の成果をより多く享受できるようになる可能性もある。

最後に、協調的切り上げによって域内為替レートの安定性が維持されるようになるだろう。Kiyota and Urata(2004)によると、為替レートの安定は域内への海外直接投資の流入を促進するという。Hayakawa and Kimura(2009)は、為替レートのボラティリティが東アジアの域内貿易、とりわけ域内生産ネットワーク内の中間財貿易を促進することを示している。また、Schnabl and Spantig(2016)によると、為替レートのボラティリティが東アジア10カ国の成長を減速させるという。

自由な世界貿易体制は、東アジア諸国に成長と発展の機会をもたらした。しかしながら今日、西側諸国の激しい圧力により危機にさらされている。中国、日本、韓国、台湾などの近隣諸国は、自国通貨を協調的に切り上げることで、こうした保護主義を阻止することが可能となろう。

図1:人民元2国間為替レートおよびサプライチェーン内輸入国(20カ国)の為替レートの加重平均
図1:人民元2国間為替レートおよびサプライチェーン内輸入国(20カ国)の為替レートの加重平均
注記:上記は、人民元2国間実質為替レートの実証研究で用いた20カ国の加重平均値と、サプライチェーン諸国における実質為替レートを示す。加重については、当該20カ国の各国の最終電子製品輸出のシェアにより決定した。
出典:CEPII-CHELEMデータベースを基に著者が算出。
文献
  • Acemoglu D., D. Autor, D. Dorn, G. Hanson, and B. Price (2014). "Import Competition and the Great US Employment Sag of the 2000s," NBER Working Paper No. 20395.
  • Autor, D., D. Dorn, G. Hanson, and K. Majlesi (2016), "Importing Political Polarization?" Massachusetts Institute of Technology Manuscript.
  • Che, Y., Y. Lu, P. Schott, and Z. Tao (2016), "Does Trade Liberalization with China Influence U.S. Elections?" Yale University Manuscript.
  • Cline, W. (2016), "Estimates of Fundamental Equilibrium Exchange Rates," Peterson Institute for International Economics Policy Brief 16-6, Washington DC: Peterson Institute.
  • Colantone, I. and P. Stanig (2016), "Brexit: Data Shows that Globalization Malaise, and not Immigration, Determined the Vote," Bocconi Knowledge, 12 July.
  • Hayakawa, K. and F. Kimura (2009), "The Effect of Exchange Rate Volatility on International Trade in East Asia," Journal of the Japanese and International Economies, 23: 395-406.
  • Kiyota, K., and S. Urata (2004), "Exchange Rate, Exchange Rate Volatility, and Foreign Direct Investment," The World Economy 27: 1583-1608.
  • Schnabl, G. and K. Spantig (2016), "(De)Stabilizing Exchange Rate Strategies in East Asian Monetary and Economic Integration," Singapore Economic Review, forthcoming.
  • Thorbecke, W. (2011), "How Elastic is East Asian Demand for Consumption Goods?" Review of International Economics, 19: 950-962