ノンテクニカルサマリー

集積の経済・生産性と品質改善

執筆者 齋藤 久光 (北海道大学)/松浦 寿幸 (慶應義塾大学 / KU Leuven)
研究プロジェクト 企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析」プロジェクト

グローバル競争にさらされている産業において高い国際競争力を保持するためには、製品品質を改善し、競争優位性を維持することが必要なのは言うまでもない(Amiti and Khandelwal, 2013)。その政策手段として産業集積(クラスター)の促進が近年注目されているが、従来の研究では集積の結果、生産性や費用効率性がどの程度改善されたのかのみに分析の焦点が当てられ、集積が品質改善に及ぼす役割についてはほとんど議論されてこなかった。本研究では経済活動の集積が製品品質、費用効率性、利益水準に及ぼす影響について、シンプルな理論モデルを用いて概念的に整理したのち、日本の事業所レベルのデータをもとに実証的に検証するものである。

分析に当たって、以下の3点を前提にする。

(1)経済活動の集積により、集積地では非集積地よりも費用効率性が高まる
(2)差別化された製品を生産する産業では、企業が品質を改善することで、自社製品の市場シェアを高めることが可能となる
(3)品質改善には、R&D投資のような固定費用、あるいは、質の高い中間財の利用や熟練労働者などの生産要素の追加的投入といった可変費用がかかる

費用効率性が改善することで、集積地の企業は非集積地の企業よりも高い利潤をあげることができる。それに伴い、高品質な生産要素をより多く使用することが可能となり、製品品質の改善が図られる。企業は品質を改善することで、自らの財のもつ市場シェアを高め、利潤の向上につなげる。つまり、差別化された製品を生産する産業において経済活動の集積は、生産する財の品質を改善させ、ひいては利潤を高める役割をもつといえる。

したがって、集積の効果としては、これまで指摘されてきたように費用効率性を改善し、企業の利潤を高める効果のほかに、製品品質を改善し、利潤を高める経路も存在することが明らかになった(図1)。ただし、企業がどの程度まで品質を改善させるのかについては、品質改善による利潤向上効果と品質改善に必要な生産要素の追加的投入に伴って発生する費用の大小関係に依存する。

図1:集積と利潤の関係
図1:集積と利潤の関係

ここで1点注意を要するのは、全要素生産性(Total Factor Productivity, TFP)への影響である。産業の競争力はしばしばTFPで計測される。一般にTFPは生産量から全要素の投入量を差し引いた残差として定義されるが、品質改善を行う企業ではより多くの生産要素を用いるため、品質改善のメカニズムを考慮しないで計測されたTFPは、集積の利潤向上効果を過小評価してしまう可能性がある。

日本の製造業・事業所レベルデータに基づく実証分析では、高品質な製品を生産することが可能な企業が集積地に立地することで、その地で生産される財の品質が平均的に高まるという(理論分析で得られた関係とは)逆の因果関係が働くことがないよう改良された推定方法を用いて分析を行った。その結果、市場規模の拡大、すなわち多種多様な経済活動の集積が進むと、その地域に立地する企業は自社製品の品質を改善し、市場シェアを拡大させる傾向にあることが分かった。

本研究から得られる経済政策、および政策研究に対する含意および課題は次の2点である。

第1に、製品品質が産業の国際競争力改善に寄与する点、そして集積が品質改善を促す点を考慮して、企業立地などの政策を立案することが重要である。品質改善が見込める産業を集積地に誘致することで、そうした産業の国際競争力の向上が期待される。

第2に、集積と品質改善の関係性に関する政策研究の深化である。どのような集積パターンのもとで高品質な中間財が容易に入手できるようになるのか、あるいは熟練労働者の調達が容易になるのか、また、どのような産業で集積と品質改善の関係性が強いのか、こうした点を明らかにすることで、より踏み込んだ政策提言が可能となる。