ノンテクニカルサマリー

ランダム化比較試験によるピア(仲間)効果の識別と分解

執筆者 嶋本 大地 (早稲田大学)/戸堂 康之 (ファカルティフェロー)/Yu Ri KIM (東京大学)/Petr MATOUS (シドニー大学)
研究プロジェクト 企業の国際・国内ネットワークに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業の国際・国内ネットワークに関する研究」プロジェクト

「朱に交われば赤くなる」とことわざは言うように、人間は仲間から多くの影響を受けていると考えられている。たとえば、学校教育において、学習意欲の高い生徒は、仲間の学習意欲を促すことが知られている。しかし、同じ環境下にいる生徒が同じぐらいの努力をしているだけかもしれないし、学習意欲の高い生徒同士が仲間になっているかもしれない。

もし、本当に生徒の学習努力が仲間の努力を促すのであれば、生徒の学習への動機付けは、想定以上の相乗効果をもたらすかもしれない。同様のことは、学校教育のみならず職場での労働者の意欲などさまざまな場面でも考えられる。このように、仲間の影響が実際にあるのかないのか、あるならばどの程度あるのかは、実は政策的には重要な問題である。

仲間の影響を実証的に検証することは、経済学では1つの大きなテーマであり、多くの研究がなされている。しかし、仲間から影響を受けているのか、同じような性質を持っている人が仲間を作っているだけなのかを区別することは難しい。そこで、近年では社会実験によって人為的に仲間を作ることで、仲間の影響を測ろうとする試みがなされている。

この研究もその1つで、ベトナムの衣料産業における中小企業を対象に輸出振興セミナーを実施する社会実験を行い、セミナーに参加するかどうかの意思決定が仲間の企業が参加するかどうかによって影響を受けるかを検証した。

ベトナムでは、伝統的に衣料、陶器、竹細工などの特定の製品の生産に特化し、産業集積を形成している村が多い。この研究では、ハノイ周辺の衣料クラスターの16村にある約300社の中小零細企業を対象として、その半分をランダムに選んで3回の1日セミナーのいずれかに招待した。また、セミナー前には各企業に対して対面調査を行い、各企業の村内の情報交換相手の企業(仲間)を把握した。

通常であれば、ある企業がセミナーに参加するかどうかが、セミナーに参加する仲間の企業の数と相関しているからといって、それが仲間の影響とは言い切れない。単に、そういうセミナーに対して積極的な気持ちを持つ企業が仲間を作っているだけかもしれないからだ。

しかし、この研究ではセミナーに参加できる企業をランダムに選んで招待しているので、ある企業は仲間の企業のうち多くが招待されるし、ある企業は仲間がほとんど招待されない。つまり、社会実験によって人為的に(セミナーに参加できる)仲間を作っているようなものだ。だから、招待された仲間が多い企業のほうが、仲間が少ない企業よりもセミナーに参加する傾向が強ければ、それは同じような性質をもつ企業が参加しているためではなくて、仲間が参加するかもしれないから自分も参加しようという仲間の影響のためだと考えられる。

このような枠組みで推計をした結果、仲間の影響があることが確かめられた。企業がセミナーに参加する確率は、参加する仲間企業が1つ増えると2割程度上昇するので、これはそれなりに大きな効果である。

さらに、自分と同じ日のセミナーに招待された仲間の企業数と自分とは違う日のセミナーに招待された仲間の企業数を区別したところ、同じ日に招待された仲間の企業数のみが自分の参加に影響を及ぼしていないことがわかった。これは、同じ日に仲間と参加することで、参加への心理的障壁が取り除かれる効果があることを示している。

その他の仲間の影響としては、仲間が参加することで自分の学んだことを確認しあえるので自分も参加したくなる効果や、逆に仲間が参加することで仲間の得た情報にただ乗りできるので自分は参加したくなくなる効果が考えられる。しかし、本研究の結果は、これら2つの相反する効果が打ち消しあっていることを示している。

この結果は、政策的なセミナーやプログラムの実施に対して大きな示唆を与えてくれる。そもそも政策的なセミナーやプログラムは効果があることがわかっていても、あまり多くの参加者がいないことも多い。参加者を増やすためには、多くの仲間とともに参加できるように、対象地域や業種を絞って実施することが望ましい。また、グループの中心となる人や企業に参加を強く呼びかけることで、その仲間が多く参加してくれることも期待できる。

さらに、この仲間の影響によって産業集積の発展度合いが大幅に異なってしまう可能性がある。何らかの理由で仲間が参加すると思う企業が多ければ、その村の企業の多くが政策的なプログラムに参加して発展していくが、仲間が参加しないと思えば、その村ではほとんどの企業が参加しない。実際、セミナーへの参加企業の割合は村ごとに大幅に異なっていた。図は、ある村(左)では招待企業のうちほとんど非参加であったが、別の村(右)では逆にほとんどが参加したことを示している。だから、仲間の影響によって地域の企業全体が行動せずに停滞するような「罠」の状態にはまってしまわぬよう、皆が協調して政策プログラムに参加するような工夫も必要となってくる。

図:村の情報交換ネットワークとセミナーへの参加
図:村の情報交換ネットワークとセミナーへの参加
注:赤は参加企業、緑は招待されたが非参加の企業、黄は招待されなかった企業を表す。