ノンテクニカルサマリー

信用制約と多様な期待の下での内生的経済変動と社会厚生について

執筆者 Maurizio MOTOLESE (Università Cattolica del Sacro Cuore)/中田 啓之 (上席研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

マクロ経済政策の評価や策定する上で、国内総生産(GDP)が重視される。一方、ミクロ経済学においては、「誰かの厚生を低下させずには他の誰かの厚生を改善させる事が出来ない資源配分」というパレート効率性の基準を通常用いる。しかし、不確実性のある環境において、将来に対する見方や期待に多様性が存在する場合、各自の厚生水準を基準とすること自体、重大な価値判断を伴う。というのは、期待・将来への見方が多様であれば、確実に誰かの期待・将来への見方は誤っていることを意味し、ときには全員の期待・見方が間違っていることもあり得るため、誤った事前の期待に基づいた判断が本人にとってよりよい資源配分であるとは確実にはいえない。また、政策当局の視点からは、各個人の期待を直接観察することは不可能であるのと同時に、客観的な基準で政策評価をすることが望まれよう。

図1:社会厚生
図1:社会厚生

本稿では、各自の期待・将来への期待をベースにするのではなく、誰もが観察可能かつ合意の得られる長期的な頻度・平均をベースとして社会的な厚生水準を計測し、経済政策、特に空売り規制の効果を評価する。期待が多様な場合、金融取引には、リスクヘッジと期待の違いという2つの要因がある。特に期待が大きく異なる場合、極端に大きな空売りを伴うポートフォリオ・ポジションを取る者が出て来るが、空売り規制により、極端なポジションを排除することが可能である。また、本稿では、総貯蓄(あるいは総投資)、さらにはGDPが内生的に決まるモデルを導入し、空売り規制の効果を評価する。モデルによる分析結果は、図1〜3のような形でまとめられる。

図1は、空売り規制の社会厚生への影響を示している。図1から明らかなように、期待の多様性が大きいほど 、また、空売り規制が緩いほど、厚生水準が低くなる。

図2は、期待の多様性と空売り規制の組合せがGDPの長期平均にどのような影響を与えるかを表現している。期待がより多様であるほどGDPの長期平均が向上していることが分かる。一方、図3は、期待の多様性と空売り規制の組合せがGDPの長期変動(ボラティリティ)に及ぼす影響を示しているが、期待がより多様であるほどGDPの長期変動が小さいことが読み取れる。したがって、期待がより多様であるほどGDPの平均、変動のいずれを基準としても、経済全体のパフォーマンスが向上しているように見える。この結果は、図1の結果、すなわち社会厚生への影響に対する評価と相容れない。すなわち、GDPに関するデータに基づく評価と社会厚生との間に乖離が生じており、GDPに関するデータにより政策を評価することの危険性と本稿で提示したような社会的厚生水準による政策評価の有効性を示している。

図2:GDP長期平均
図2:GDP長期平均
図3:GDP長期変動(ボラティリティ)
図3:GDP長期変動(ボラティリティ)