ノンテクニカルサマリー

輸出振興セミナーは効果的か?-ランダム化比較試験による検証-

執筆者 Yu Ri KIM (東京大学)/戸堂 康之 (ファカルティフェロー)/嶋本 大地 (早稲田大学)/Petr MATOUS (シドニー大学)
研究プロジェクト 企業の国際・国内ネットワークに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業の国際・国内ネットワークに関する研究」プロジェクト

企業が輸出を始めるには海外市場で競争できるだけの高い生産性が必要であることは、近年の国際経済学の研究によって理論的にも実証的にも確かめられている。とは言え、著者の1人は日本では生産性が高く輸出する潜在力を持っているにもかかわらず国内にとどまる企業が多いことを示し(http://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/09050005.html)、それを臥龍企業と名付けた(http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/todo/01.html)。このような臥龍企業が海外に進出するためには、セミナーやパンフレット、ウェブサイトを通じて海外市場や輸出手続きなどの情報を発信していくことが政策的に必要だと思われる。

しかし、このような輸出振興政策が実際に効果的であるのかについての定量的な実証研究は十分に行われていない。しかも、数少ないいくつかの学術論文もさまざまな結果を示していて、輸出振興政策の効果について結論ははっきりしない。そもそも、他の政策の評価と同様、輸出振興政策の評価は簡単ではない。たとえば、輸出振興セミナーに参加した企業が実際に輸出を始めたからといって、セミナーが効果的であったために輸出できたのか、もともと輸出開始間近の潜在力のある企業がセミナーに参加しただけなのかを明確に区別することは困難だからだ。

政策の効果をきちんと測るために、近年ランダム化比較試験(RCT)が活用されている。RCTとは、あるプログラムの参加者と非参加者をランダムにわける実験のことで、RCTの後で2つのグループの成果をくらべることで政策の効果を測ることができる。もともとは医薬品の効果を図るための手法を、政策の効果測定に応用したわけだ。RCTによるプログラム評価は、開発途上国における貧困削減プログラムを中心に、近年活発に行われている。

しかし、輸出振興政策の効果をRCTによって測った事例はほとんどなく、わずかにイギリスで輸出のための実務に関するパンフレットを企業に送付した例があるだけである。そこでこの研究は、ベトナムの衣料産業における中小企業を対象に輸出振興セミナーを実施するRCTを行い、その効果を検証した。

ベトナムでは、伝統的に衣料、陶器、竹細工、木製品などの特定の製品の生産に特化し、産業集積を形成している村が多い。この研究では、ハノイ周辺の衣料クラスターの16村にある約300社の中小零細企業を対象として、その半分をランダムに選んでセミナーに招待した。その上で、セミナー前後で輸出に対する意識や実際の輸出行動がどう変わったかについて、セミナーの参加者と非参加者とを比較することで輸出振興セミナーの効果を測定した。

その結果、平均的にはセミナーの効果はほとんどないことが見出された。しかし、下請け業者が多い企業、すなわち規模が大きい企業や、以前輸出した経験を持つ企業は、セミナーに参加することで、その後に直接輸出を開始する可能性が高まることが示された(図)。つまり、規模が大きく生産性が高い企業や、輸出経験があり潜在力のある企業は、セミナーによって輸出に対する意欲が刺激され、情報を与えられることで輸出に結びつく。

この結果は、輸出における生産性の重要性を再認識させるものだ。生産性が低く海外市場での競争力を持たない企業には、いくら情報を与えても輸出を始めることは期待できないのである。このような発展途上の企業には、情報提供よりもまず競争力向上のためのプログラム、たとえば経営セミナーなどを実施する必要がある。つまり、輸出振興政策を効果的に行うためには、企業のレベルを見極めて潜在力のある企業をターゲットとして実施することが必要なのだ。

ただし、以上のような結論が、この研究の対象国のベトナムだけではなく、日本でも適用されるかは必ずしもはっきりしない。したがって、日本でも輸出振興政策に関するRCTを行い、その効果をきちんと計測すべきである。最近は日本でも、政策を実施するにあたってはエビデンス(実証された結果)を基にするべきであるという議論をよく耳にするようになった。JETROや自治体によってさまざまな形態の輸出振興政策が多く行われている現在、政府はRCTによってそれぞれの政策の効果を検証してエビデンスを提示するべきであろう。

図:セミナーの参加が直接輸出の開始(再開)の確率に対して及ぼす効果
図:セミナーの参加が直接輸出の開始(再開)の確率に対して及ぼす効果
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注:縦の線は90%信頼区間を表す。
*および**は、それぞれ10%、5%水準で有意に0と異なることを示す。