執筆者 | 加藤 隆夫 (コルゲート大学)/宮島 英昭 (ファカルティフェロー)/大湾 秀雄 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 企業統治分析のフロンティア:リスクテイクと企業統治 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究 (第四期:2016〜2019年度)
「企業統治分析のフロンティア:リスクテイクと企業統治」プロジェクト
本研究の意義
従業員持株会の影響を分析した研究としては、4つの点で新規性がある。まず、先行研究の多くが、従業員持株会の有無(いわゆるextensive margin)の影響を見たものであったが、本研究は既に導入された従業員持株会への参加の度合い(1人当たり保有金額、参加率、持株会保有比率などでみたintensive margin)の変化や違いが、どのような効果を持つか計測している。制度があっても、保有金額や参加率によって効果に大きな違いがあることが予想されるため、制度の有無で効果を計ることは適切ではない。また、いくつかの参加の度合いの指標を用いることで、より政策的含意に富んだ分析が可能となる。特に近年のように、9割以上の上場会社が従業員持株会を整備しているという状況の中で、導入するかどうかよりどのような導入の仕方が最適かという問題の方がより重要である。
2つ目に、単なる生産性への効果の計測のみならず、賃金、企業収益、株価など多面的な影響を捉えた。これにより、労働者への還元の程度、市場の評価なども含めたインパクトを計測することが出来た。3番目に、操作変数法を用いることで、より因果関係の解明に踏み込んだ。通常の固定効果モデルに比べ、操作変数法に基づく分析はより大きな生産性効果を示している。最後に、どのような企業で従業員持株会の効果が高いか、特に所有構造によって効果がどの程度異なるかに着目し分析を行った。
以上を明らかにしたことが本研究の貢献である。
分析結果
主要な結果は、3つにまとめられる。まず、従業員1人当たり保有金額の増加は、平均的には、付加価値生産性を押し上げる(下表参照)。新たに生み出された付加価値のうち賃金増として従業員に還元される割合は小さく、75-80%程度は企業収益増という形で株主に還元されている。
第2に、生産性への影響を、参加者1人当たり保有金額の増加を通じた影響と参加率の上昇を通じた影響に分けて考えると、前者を通じた効果が後者を通じた効果よりもはるかに大きい。
第3に、従業員持株会参加が特に強い正の効果を持つのは、機関投資家/海外投資家保有比率が高い企業であった。株主利益最大化を要求する機関投資家保有比率の上昇と、従業員利益を考える従業員持株会の保有の増大は一見相容れず、この結果は直感に反するようにも見える。しかし、従業員持株会への参加拡大がもたらす負の弊害、たとえば従業員利益への過度の配慮や安定株主比率上昇によって経営陣への圧力が弱まる塹壕効果といった要因が市場圧力によって相殺され、全体として従業員持株会の正の効果を高めるからと解釈することができる。この結果は、しばしば代替的と見なされる従業員による経営のコントロールと外部からのモニタリングの間に実は補完性があることを示唆している。
非説明変数 | 付加価値 | 平均賃金 | ROA | トービンのQ |
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注目の内生変数 | ||||
従業員一人当たり保有金額 (対数、一期前) |
0.0760*** (0.00778) |
0.0195*** (0.00281) |
0.0083*** (0.0009) |
0.157*** (0.0199) |
係数の解釈:一人当たり保有金額10%上昇の効果 | 0.76%上昇 | 0.20%上昇 | 0.08% ポイント上昇 |
1.57%上昇 |
注:上記以外の説明変数については本表では割愛されており、本論分表7-10 を参照ください。 | ||||
*** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1 |
政策インプリケーション
従業員持株会に生産性押上げ効果があり、生み出された利益の一部が賃金として還元されるのであれば、日本でも米国やフランスのように従業員持株制度に税制上の優遇措置を付与することが望ましいと考える向きもあるかもしれない。しかし、基本的には、外部性など市場の失敗を示唆する現象は見られないため、政府が介入する余地はそれほど大きくない。個々の企業にとってメリットがあれば、とくに税制上の優遇措置がなくても制度活性化の手段を講じるはずである。むしろ、税制上の優遇措置によって、過度の導入あるいは参加のインセンティブが与えられることの潜在的な弊害が懸念される。
実際、Kim and Ouimet (2014)等米国データを用いた分析では、同国のEmployee Stock Ownership plansの生産性に対する正の効果は、保有比率が5%を超えるグループでは、その負の効果によって完全に相殺されてしまうことが示されている。しかしながら、企業経営者の間で従業員持株会の真の効果が正しく認識されていないために、従業員保有比率が低く(現在制度導入企業平均で2%程度)、その整備が遅れていることも考えられ、従業員持株会の効果をもっと喧伝することが政策的な見地からも望ましい。
特に、機関投資家や海外投資家の保有比率が高い外部モニタリングがより働くと考えられる企業ほど、従業員持株会の生産性押上げ効果が高いことは、注目に値する。持株会の正の効果をさらに促進するとすれば、持株会の対象をどうするか、奨励金を誰にいくら払うかが、今後、重要な検討点となる。
本研究の結果は、中核的人材の保有金額を高めることが有効であることを示唆しており、職階や給与水準に応じて積立限度額や奨励金を変えることなどをもっと検討すべきであろう。