ノンテクニカルサマリー

米国の金融政策正常化がASEAN4カ国の経済に及ぼす影響

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロ (第三期:2011〜2015年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

1997〜1998年に起こったアジア通貨危機は、タイやインドネシアをはじめとする東南アジア諸国連合(ASEAN)各国に大きな打撃をもたらした。1970〜1996年の間、タイとインドネシアでは実質生産量が年率7%以上上昇していたが、1998年にはタイが11%、インドネシアが14%それぞれ下落した。危機の引き金となったのはASEANからの資本流出で、それが為替レートの下落を招き、外貨建負債を抱える国内企業の純価値が値崩れを起こした。留保利益が落ち込んだことから負債資本倍率が膨れ上がり、企業は信用取引ができなくなった。これらの企業の運転資本は直ちに枯渇し、生産の縮小を余儀なくされた。小企業の場合は大企業に比べて担保が少なく、信用取引も少ないことから、被害はとりわけ甚大であった。

アジア通貨危機の混乱を考慮すると、米国の金融政策正常化に端を発したASEANからの資本流出が、さらなる困難を招くのではないかと懸念する向きが多い。こうした資本流出がASEAN経済に及ぼす影響を解明するため、本稿では米連邦準備制度(FRB)による金融政策正常化のニュースに対する横断的な株価への反応を調査した。ここでは、株価は将来キャッシュフローの期待現在価値に等しいものと仮定する。金融政策正常化のニュースに対する株価反応を部門別に調べることで、ASEAN経済のどの部門が米国の金融政策変更の影響を最も受けやすいかについて、何らかのことが理解できるはずである。

調査の結果、インドネシアとマレーシアの資本集約型産業、特に天然資源部門に関連する業種が、FRBの量的緩和縮小のニュースから打撃を受けていることがわかった。またASEANの保険金融部門も、悪影響を受けていた。さらに、信用取引の利用がより困難なインドネシアとフィリピンの小企業は、金融政策正常化のニュースと自国通貨下落の両方から打撃を受けている。

インドネシアとマレーシアは、民間の契約履行、政府のあらゆるレベルにおける法令の一貫した執行など、市場に適した環境を追求することにより、資本集約型産業に長期投資を呼び込めるだろう。さらにASEAN諸国は、最新のリスク管理技術を備えた活力ある金融保険部門の実現を目指すべきである。これによって、ASEAN諸国は資本流出などの圧力に耐えられるようになるだろう。ASEANの金融統合は1つの方法である。実現すれば、域内各国経済をより強靱化でき、効率的な金融市場の発展が可能になる。インドネシアとフィリピンは、商業銀行間の競争を促すとともに国営銀行の民営化を図り、外国銀行の参入を認めることで、小企業の金融へのアクセスを改善できる。

さらに本稿では、資本の流れがASEANに及ぼす、その他の影響について調査した。資本流出によって為替レートが下落し、輸出価格競争力が向上するという大きな機会が生まれる。この効果を測定すべく、本稿ではASEAN諸国の輸出の価格弾力性、所得弾力性を推定した。その結果、為替レートが10%下落すると、労働集約型の輸出がインドネシアでは6%、マレーシアとフィリピンでは8%、タイでは3%、それぞれ上昇することがわかった(表1参照)。

資本の流れに関しては、より高い利益を求めて資本が域外に流出し、ASEANへの外国直接投資(FDI)が減少する恐れがある。FDIの誘致は、東南アジアの発展を促進する上で重要な役割を果たす。FDI誘致のため、ASEANは自国への生産移転に伴う費用の削減に努めるべきである。そのために必要なことは国によって異なるが、腐敗防止、インフラの向上、教育重視という3つのステップはすべての国にとって重要である。

このようにFRBの金融政策正常化とそれに伴う資本流出は、ASEAN諸国に困難とチャンスをもたらす。このことは、東南アジアが経済発展に至る紆余曲折における転換点の1つとみなすべきだろう。

日本にとっても健全かつ活力のあるASEAN経済が望ましい。そのための第一歩はアジア地域、さらに世界的に貿易を拡大することである。日本は高度な技術の製品に特化しているが、ASEAN諸国は労働集約型の製品に特化している。その他のアジア各国は異なる分野において比較優位を持つ。比較優位論によると、自由貿易協定によって世界規模、あるいは少なくともアジア地域における貿易が拡大すれば、「貿易利益」が増加する。また、アジアにおいて質の高い投資協定が締結されれば、FDIも増加し、貿易の拡大、さらなる地域の発展につながるだろう。

表1:為替レートの10%下落による労働集約型の輸出への影響
ASEAN4カ国 インドネシア マレーシア フィリピン タイ
+7.6% +5.7% +8.0% +7.9% +3.0%
出典:著者による計算