ノンテクニカルサマリー

社会経済的地位、健康・身体機能関連指標とうつの発症の関係に関する研究:JSTARを使った日本の中高齢者における検証

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究 2」プロジェクト

1.研究の趣旨

学歴や収入などの社会経済的地位の低い人々がうつになりやすいことは多くの研究が示しているが、こうした研究の大部分はクロスセクショナルと呼ばれる1回限りの研究で、因果関係を捉えることが難しい。50才以上の中高齢者を対象としたパネルデータ(同じ人のデータを複数年にわたって収集する設計)である「くらしと健康の調査」(JSTAR:Japanese Study of Aging and Retirement)では、複数年のデータを利用することが可能であり、また、質問数が膨大であるため、健康や身体機能関連の指標まで考慮した上で、社会経済的地位とうつの関係を検証することができる。

本研究では、JSTARを使って、基準年(2007年または2009年)においてうつでなかった人々について、基準年における社会経済的地位や健康・身体機能関連指標が2年後のうつ発症を予測する要因となっているかどうかを検証した。うつの定義は、代表的なうつの評価指標であるCES-D (The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)の得点が19点以上とした。

2.結果

他の国の類似の研究では、学歴がうつの発症に影響を及ぼすかについて結果は分かれているが、今回の研究では、高卒に比べてそれ以下の学歴の人々は2年後にうつになりやすいという結果になった。経済的状況については、基準年の収入や資産額は2年後のうつ発症とは明確な関係がなかった。またIADL(手段的日常生活動作)とIA(知的活動)において障害がある人は、2年後にうつになりやすいことがわかった。

学歴・身体機能・うつの関係については、今回の研究によれば、学歴が低い場合に、身体機能の障害が発生しやすく、その障害を通じて、うつになるという可能性が示された。

表1:基準年にうつでなかった人の2年後のうつの発症について
受けた教育年数 うつにならなかった人 うつになった人 うつになった人の割合
12年未満 494 63 11.3%
12年 933 76 7.5%
13〜15年 332 30 8.3%
16年 313 21 6.3%

3.本研究の政策的意義と限界

本研究の結果によると、中高齢者のうつと身体機能は、別個に対応するよりも、一体的なものとして対応した方が望ましい可能性がある。たとえば、中高齢者のインターネットの利用を促進して知的活動を促すことがうつの予防にもつながるといった可能性である。

ただし、本研究には大きな限界があることに留意する必要がある。第1に、分析対象都市数が7都市に限定されているため、どこまで日本全体を代表しているかわからない。もしかしたら、都市毎に大きな違いがあるかもしれない。第2に、うつかどうかをチェックする質問や所得・資産額の質問などで未回答や不適切な回答が多く、また複数年の回答が得られていない場合も多い。第3に、回答数が他の多くの研究に比べて少ない。以上の事情により、分析結果にバイアスがかかっている可能性がある。