ノンテクニカルサマリー

地域イノベーションシステムにおける公設試験研究機関による問題解決と連携媒介:技術相談に関する支所レベル質問紙調査から

執筆者 福川 信也 (東北大学)/後藤 晃 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 公的研究機関のナショナル・イノベーションシステムにおける役割
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011〜2015年度)
「公的研究機関のナショナル・イノベーションシステムにおける役割」プロジェクト

公設試験研究機関(公設試)は日本独自の地域技術政策であり、主に中小企業に対してさまざまな技術支援活動(技術相談、依頼試験、設備開放、講習会、共同研究、受託研究、特許ライセンスなど)を展開している。工業系公設試の主たる活動が技術相談であることは知られているが、技術相談を明確に定義し、測定した信頼に足る定量的な情報は事実上存在しない。本研究では、工業・食品・デザイン系公設試の技術相談に関するアンケート調査を行い、主に以下の点を検証した。第1に、相談に寄せられる問題の特性。第2に、技術相談を契機とする他の技術支援のタイプ。第3に、技術相談を契機とするネットワーク拡大効果。第4に、技術相談の潜在的効果。

本調査は支所レベル(たとえば静岡県工業技術研究所は本所、浜松工業支援センターは支所)で実施した。各自治体には地域特性に応じて複数の公設試があり、相談に寄せられる問題の性質はそれぞれ異なると考えられるため、支所レベルで情報を収集した。2015年9月時点で活動している工業・食品・デザイン系公設試を母集団とし、2015年10月に153本所・支所にアンケートを郵送し、111の有効回答を得た(回答率72.6%)。なお、本調査では技術相談を「電話、対面等による技術・非技術的問題に関する問い合わせ」、技術指導を「開催時期を特定しない、特定個人・企業への実地指導」、講習会を「開催時期を特定した、不特定多数への教育・訓練」と定義した。

主な分析結果は以下の通りである。第1に、公設試は幅広い分野にわたる(技術的・非技術的)問題を解決している(表1)。特筆すべきは、デザインに関する問題が少なからぬ比率で技術相談に寄せられている点である。公設試がどのようなデザインに関する問題(製品、工程など)をどのように(人間工学的アプローチ、審美的アプローチなど)解決しているかについては、今後の調査で明らかにする。

表1:公設試のタイプと相談される問題が最も関連する技術分野
食品 化学 機械工学 電子工学 デザイン 他の技術分野 技術以外の問題
窯業 0.1 30.5 0.1 1.2 7.1 54.3 6.7
デザイン 0.0 1.7 1.7 0.0 54.5 34.3 7.8
食品 89.0 1.2 0.9 1.4 1.0 2.1 4.5
皮革 2.0 45.0 1.0 0.0 0.0 48.0 4.0
工業全般 12.4 19.5 28.2 11.5 4.3 20.7 3.4
製紙 1.0 34.3 2.0 0.7 0.0 58.3 3.7
繊維 2.2 19.1 0.5 0.3 4.6 66.3 7.0
合計 17.1 18.5 18.5 7.7 6.8 27.1 4.3

1 第一列は公設試の名称から区分した公設試のタイプを表す。
2 第一行は公設試に寄せられた問題の技術分野別分布を表す。たとえば10件の問題を解決し、そのうち7件が化学、3件が食品に最も関連していれば、化学70%、食品30%となる。
3 技術以外の問題は補助金獲得などを指す。

第2に、公設試に寄せられる問題はその複雑さにおいても多様であり(表2)、デザインに関する問題は解決に長い時間を要する傾向がある。第3に、技術相談は他のタイプの技術支援への契機となっており(表3)、デザインと工学では必要とされる追加的技術支援のタイプが異なる。表2と表3の背景としては、技術分野または産業に応じて、知識が波及するパターン(特許のような文書化された情報、共同研究のような人的交流など)が異なるという点が考えられる。

表2:技術分野別の問題解決に要した時間
一日 一週間以内 一ヶ月以内 一年以内 一年以上
化学 71.6 17.6 8.3 1.9 1.1
デザイン 50.0 21.7 11.7 13.3 3.3
機械・電子工学 35.7 43.5 11.8 6.3 2.9
食品 58.8 22.5 14.2 3.9 0.7
他の技術分野 54.4 31.2 9.3 3.1 2.4
合計 54.4 29.1 10.8 4.1 1.9

第一列は表1の第一行と同じ。機械工学と電子工学は統合した。
表3:相談された問題を解決するために追加的に採られた技術支援のタイプ
依頼試験 設備開放 共同研究 技術指導
化学 17.4 20.2 1.2 14.6
デザイン 4.5 22.0 6.4 30.5
機械・電子工学 41.3 25.1 2.2 24.4
食品 30.4 16.0 2.7 23.1
他の技術分野 25.2 21.1 3.3 20.5
合計 27.8 20.7 2.7 20.9

第4に、公設試は相談に訪れた中小企業を外部組織に繋ぐことで、企業の知識ネットワーク拡大に貢献している。特に化学に関する問題を頻繁に取り扱う公設試は、中小企業を大学に繋げる傾向にある。この背景としては、化学がサイエンスベース産業であり、大学の科学的知見が中小企業の問題解決に有効である点が考えられる。第5に、技術相談を通じて研究者が地域中小企業の技術ニーズへの理解を深めていると、公設試は(主観的に)技術相談の効果を評価しており、この傾向はデザインに関する問題を頻繁に取り扱う公設試で特に顕著である。この点については、公設試を利用する中小企業とそうでない中小企業のデータを収集し、客観的評価を行う必要がある。

分析結果から導かれる政策的含意は以下の通りである。第1に、公設試に寄せられる問題の性質は集積のタイプ(化学系、工学系など)に応じて異なり、問題解決へのアプローチ(物的資産による支援、人的交流による支援など)や解決に要する期間も集積特性に応じて異なる。したがって、公設試の中長期戦略を議論する際には、予算・人員などの内的要因だけでなく、集積や周辺公設試で得られる支援を考慮し、どのような資源をどのように配置すべきかを検討することが必要である。第2に、(予算・人員が継続的に削減される環境下では)問題を公設試内部で解決できない場合、外部に顧客を繋ぐ役割が重要である。地元企業や個人事業者(デザイナーなど)を潜在的連携先としてプールし、解決困難な問題を抱える顧客をそうしたプールとマッチングすることで、公設試は間接的に地域経済の発展に貢献することができる。