ノンテクニカルサマリー

生産ネットワーク、地理と企業パフォーマンス

執筆者 Andrew B. BERNARD (Dartmouth College)/Andreas MOXNES (University of Oslo)/齊藤 有希子 (上席研究員)
研究プロジェクト 組織間の経済活動における地理的空間ネットワークと波及効果
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「組織間の経済活動における地理的空間ネットワークと波及効果」プロジェクト

企業間の取引ネットワークは企業の業績と深い関係があることは、広く認識されている。そして、企業間の強い関係性は企業の競争力となりうるため、さまざまな企業間関係の構築のための政策が取られてきた。しかし、企業レベルで取引ネットワークと業績の関係を分析することは困難であり、取引ネットワークによる企業の競争力のメカニズムを解明するための実証研究は非常に少なかった。本研究は、企業間の取引ネットワークが企業業績に与える影響について、因果関係を明らかにした。

因果関係の分析には、さまざまな手法が開発されてきているが、1つの方法として、予期できない外生的なショックがあった場合、ショックの前と後の変化を分析することにより可能となる。たとえば、企業の取引ネットワークから業績への因果関係があるとすれば、取引関係を構築するコストが下がるような外生的なショックがあった場合、ショックの後に、企業は新しいネットワークを構築することにより、業績向上につながることが確認されるはずである。本研究では、九州新幹線の開通の効果を用いて、因果関係の分析を行った。九州新幹線の開通は、厳密な意味では外生的なショックでないが、新幹線の計画は1973年に始まっており、開通の時期は不確かであったため、時期に関する内生性は非常に少ないと考えられる。

また、国際貿易におけるアウトソーシングの理論モデルを国内取引の理論モデルに拡張すると、新幹線の開通の効果は中間財の比率の高い産業ほど大きいことが予測される。新幹線の開通により、モノの移動コスト(輸送コスト)は変わらず、人の移動コスト(サーチコスト)が減少するため、サーチコスト削減による限界効果を理論的に導き出すことが可能なのである。このことは、企業特性によって新幹線の開通の効果が異なることを意味しており、企業の異質性を利用することによって、新幹線が開通した地域のマクロの変動の効果と新幹線の開通による効果とを識別することが可能となる。

具体的には、Triple difference approachを用いることにより、(1)ショックの前と後の差、(2)新幹線新設駅の近くの企業か否かの差、(3)中間財の比率が高いか低いかの差、これらの3つの差の変数を作成し、回帰分析を行う。そして、3つの変数の交差項の係数により理論モデルの検証が可能となる。

前述のように、本研究は企業間の取引ネットワークと企業業績の因果関係を分析することを目的とするが、外生的なショックとして新幹線の開通を用いるため、インフラ整備の効果についても示唆を得ることが出来る。既存のインフラ整備の効果に関する研究では、費用便益計算が主流であり、企業レベルの行動を含んだ分析は稀有である。本研究はインフラ整備の効果の研究としても付加価値を有している。

分析結果は以下の通りである。まず、前述の3つの差の変数の交差項は、企業業績に対して、プラスに有意に働くことが確認された。ここで、企業業績として、売上高、労働生産性、全要素生産性(TFP)を用いた。すなわち、新幹線開通による企業業績の向上効果は、中間財比率の高い産業ほど大きく働くことが確認された。

表1:Triple Difference Approach による新幹線開通の企業業績への効果
売上高 労働生産性 全要素生産性(TFP)
3つの差の交差項

さらに、新幹線の開通した地域で実際に新しい取引関係が構築されたかを確認するため、重力モデルを用いて分析を行った。まず、日本を500×500の地域メッシュに区切った上で、それぞれの地域間の取引関係数について、新幹線の開通前後の変化を計算する。次に、地域間の取引関係の数の変化を被説明変数として、地域間の距離の効果をコントロールし、それぞれの地域について新幹線の新設駅が近いか否かの変数の効果を確認する。表2で、変数Bothは両方の地域が新幹線の新設駅に近い場合に1となるダミー変数、変数Oneは一方の地域が新幹線の新設駅に近い場合に1となるダミー変数である。

分析の結果、地域間の距離はマイナスで有意であり、地域間の距離が長いほど、新しい取引関係を構築するのは困難であるが、距離の効果をコントロールするとBothとOneの変数ともにプラスに有意になり、新幹線の新設駅近くの企業では新しい取引関係が構築される傾向があることが確認された。

表2:新幹線開通による取引ネットワーク構築の効果
取引関係数の変化
Both
One
地域間の距離の対数

以上の結果から、企業間の取引ネットワークは企業業績にプラスの効果をもたらすことが確認された。因果関係を明らかにせず、相関関係のみを議論する分析では、業績の良い企業が取引ネットワークを構築するという効果を観測している可能性があり、取引関係の構築支援が必ずしも企業業績につながることを意味していない。本研究の結果は、企業間の距離が関係構築を妨げていることを考慮すると、地理的障壁を下げるような、クラスター政策、企業のマッチング支援、交通インフラの整備には、企業の業績を向上させる効果があることを示している。